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Side 響 廊下に屯するハロウィンを思わせる珍妙な仮装をした集団を横目に、僕は足早に校長室へと向っている。 放課後の学園は部活動に勤しむ生徒達で活気に満ちていた。輝明学園はその自由な校風から様々な部活、同好会が存在する。 野球部にサッカー部といった定番の部活は勿論、メイド部やお宝探し部などと言った名前を聞いただけではイマイチ何をやっているのかわからない部活も非常に多い。 さっき廊下に屯していた仮装集団は恐らくオカルト研の連中だろう。 ふと後ろを振り返ると、総勢10人はいるであろう仮装集団が小さなカボチャを片手にくねくねした不思議な踊りを始めて異空間が形成されていた。 見なかったことにする。 呼び出された理由は何となく察しがつく。校長である萩原宗一郎のウィザード教育方針は実戦訓練。 高等部の生徒に冥魔や侵魔が引き起こした事件を斡旋して解決させると言うものだ。 どの生徒に、どんな事件を解決させるかは全て校長の独断で決定される。 そのため、生徒である僕たちにはいつ事件解決の指令がくるかは一切わからない。 1年生にとって、初の指令はある意味通過儀礼のような側面も持っている。 呼び出しの内容を知らされているわけじゃないんだけれども、校長が生徒を呼び出す理由は事件の斡旋以外にほぼ無いらしい。 やがて校長室前にたどり着くと、蒼髪蒼眼で長身の男子生徒が立っていた。ネクタイの色からして3年生かな。 先輩は僕に気がつくと手を軽く上げて言う。 「お、君が北河響君・・・・・・かな」 若干喉から抜けるような声は少し頼りない印象を受ける。 下がり気味の眉とスリムを超えてガリガリな体型がそれに拍車をかけている。 「ええ、確かに僕が北河ですが貴方は?」 「ああすいません、自己紹介が遅れましたね。僕は3年の合礼乱火と言います。僕も校長先生に呼び出されているんですよ」 どうやら今回の任務は複数人でチームを組むらしい。 ・・・・・・いや待て、別々に指令を与えるという可能性もある。 「入らないんですか?」 「ああ、校長先生が3人一緒に来てくれと言うのでここで待っていたんですよ」 乱火さんは肩を竦めて言った。3人と言うことはどうやら他にも今回チームを組む生徒がいるらしい。 「お待たせしてしまったみたいですいません。3人と言うことはあと1人は--」 そこまで言いかけて、背後に気配を感じた。振り返ってみるとそこには・・・・・・ 女子用の制服を着たジューンがいた。 ・・・・・・違った。髪形から顔立ちまでかなり似ているけど小柄なジューンを更に一回り小さくした感じの女子生徒が立っていた。 スカーフの色から2年生である事がわかる。・・・・・・それにしても似過ぎている。 良く見れば顔の各パーツがジューンよりも女性的に丸みを帯びてはいるんだけれども。 僕が思わず呆気に取られていると後ろから乱火さんの声がする。 「彼女は水月レインさん。彼女も校長先生に呼び出しを受けているんですよ」 レインと呼ばれた女子生徒の手には紙パックのリンゴジュースが握られていた。 恐らく待っている間に自販機にでも行って来たんだろう。 「初めまして。北河響と言います。遅くなって申し訳ありませんでし・・・・・・」 「別にいい」 うわぁーお・・・・・・。 レインさんは眉一つ動かさず、刺々しさすら覚えるほどそっけなく言って僕から視線を外した。ちょっと予想外で思わず対応に窮してしまう。 どうやら身に纏う雰囲気や性格まではジューンと似ていないらしい。似てたらそれはそれで問題だけど。 ジューンはどこか儚げでミステリアスな印象を受けるが、レインさんは違う。感情表現と言葉の抑揚の欠落からくる冷たい、機械的で氷のような。 「とりあえず揃ったみたいだし入りましょうか」 すると乱火さんがその場を取り繕うようにそう言い、校長室のドアをノックした。 数瞬遅れて中から「入ってくれ」と返事があり、僕とレインさんは乱火さんに続く形になる。 校長は応接用のソファに腰掛けていた。 だがそれよりも校長室に入ってまず目に付いたのは、校長の隣で足を乱暴に組んで座っているおじさんだ。 鋭い目つきで掘りが深く、髭と黒い眼帯も相俟って近づくものを全て追い払ってしまうような迫力がある。 その後ろに上品なビジネススーツに身を包んだ若い女の人が慎ましやかに立っていた。 「とりあえずかけてくれたまえ」 校長はテーブルを挟んで向かいのソファを指して言った。 僕達全員が座るのを確認すると、校長はゆっくりと口を開く。 「やあ、水月くん、合礼君、北河君。急に呼び出してすまなかったね」 輝明学園校長『萩原宗一郎』。既に初老を迎えているが、その立ち振る舞いと言動からは厳格さの中にも優しさと暖かみを感じる。 面と向かって話すのは初めてだが、今は何より初任務の内容が気になる。僕は軽く会釈して本題を促した。 「いえ。それで、どのような御用でしょうか?」 「私が、と言うよりは彼らがね。それでは志摩君、説明してくれたまえ」 そう言って校長は横目で隣に座っているやたら迫力と凄みのあるおじさんをちらりと見た。 志摩と呼ばれたそのおじさんは苦虫を噛み潰したような表情をして大きくため息をく。 「ワシか・・・・・・東野、ワシこういうの苦手やねん。任せるで」 「わかりました」 志摩さんがあろうことか説明を完全放棄すると、後ろに佇んでいた女性がぺこりと一礼する。 「初めまして。わたくし、日本コスモガード連盟・夜代町支部の東野依子と申します。そしてこちらの方が・・・・・・」 「志摩健吾や」 低く、ドスの効いた声でそれだけ言うと、志摩さんは目線で東野さんに先を促す。 「皆さまは、1か月ほど前から夜代町一帯の施設で停電が頻発していることはご存知ですか?」 コスモガードとは世界中に点在する侵魔・冥魔への対策機関だ。 この組織が噛んでいるとなると、依頼されるであろう任務の難易度もそう生易しいものではないはず。 僕は一瞬武者震いにも似た震えを覚えた。思わず生唾を飲み込んでしまう。 「ええ。地震もそうですけど、最近多いですね」 乱火さんがそう答えると、東野さんは小さく頷いて話を続ける。 「はっきりとした因果関係は現時点で明らかになっておりませんが、地震と停電は併発的に発生しています。更に停電の原因は『ブリッツ』と呼ばれる冥魔であることが判明しています。皆さまにはブリッツの討伐をお願いしたいのです」 ブリッツとは雷撃戦を意味する言葉だった気がする。となると昼間に聞いたあの唸り声もブリッツの物だったのだろうか。 僕は知的好奇心を押さえきれずについ話に割り込んでしまう。 「そのブリッツと言うのはどの様な冥魔なのでしょうか」 すると、東野さんは待ってましたと言わんばかりに僕を見た。 「電気、あるいは雷に纏わる能力を持った冥魔です。知能はそれほど高くはありませんが、高い戦闘力を持っています。おそらく、生理的活動の一環として電気を吸収、それに伴って停電を引き起こしているのだと思われます」 東野さんがそこまで言い終えると、今まで腕を組んで沈黙を守っていた校長が鼻で小さく息をして言った。 「とまあ、こんな所だ。引き受けてくれるかね」 コスモガードの依頼と言う不安材料はあるものの、ここまで話を聞いておきながら見てみぬフリは流石にできない。元より依頼は受けるつもりだった。 「わかりました。僕は構いません」 僕が了承の意を示すと、乱火さんも「了解しました」と一言。レインさんは目を伏せたまま小さく頷く。・・・・・・声を発する気がないのだろうか? 僕達の返事を確認すると、東野さんは僕達をひたと見据えて言った。その眼差しにはどこか必死めいたものが浮かんでいるようにも見える。 「それともう一つ、お願いがあります。ヴァイオラと言う、コスモガード連盟に所属していたウィザードが1年ほど前に行方をくらましていたのですがつい最近、この夜代町で目撃されたとの情報が寄せられました。どうやら冥魔と侵魔の両勢力に我々の情報を流しているようです。今回の停電事件にも関わりがあると思われます。もし彼を見つけたら、その場で始末して構いません。その際は私に連絡をください。すぐに処理に向かいますので」 「・・・・・・なぜ?」 あ、レインさん喋った。相変わらず抑揚を欠いた声で。 恐らくは何故学生にその様な依頼をするのかと聞いているんだと思う。 でも確かに一理ある。「始末しても構わない」と、裏切り者の処理まで半ば学生に任せるのは流石に違和感がある。 東野さんは拳を軽く握って悔しそうに口を開いた。 「今言った通り、ヴァイオラはコスモガード連盟の人間です。とすれば、内部にまだ裏切り者が居る可能性もある・・・・・・」 「せやから、ここの校長はんにええ人材を貸してくれって頼んだわけや。コスモガードに直接かかわりのない、腕利きの生徒さんをな」 途中で言葉を区切ってしまった東野さんを見かねて、志摩さんが代わりに続ける。 この人一言一言に一々迫力があるな・・・・・・。 「これが、ヴァイオラの顔写真です」 そう言って東野さんは胸ポケットから1枚の写真を僕達に見せた。その写真を見て、思わず僕は「あっ」と小さく声を上げてしまう。 写真に写っていたのはなんと今朝病院への道を聞いてきた男性だった。 「この人なら、今朝道を聞かれました。夜代総合病院に近い内に用があるから下見に来た、と」 僕の言葉を聞いた瞬間、東野さんははっとしたように僕を見た。 「そうですか・・・・・・では、すぐに夜代病院に向かって--」 でもここで志摩さんが東野さんの言葉を遮る。 「ええってええって!あんたら頼みたいのはブリッツ討伐の手伝いやねん。ヴァイオラのことは『ついで』と思ってくれや」 「しかし、裏切り者を野放しにするわけには・・・・・・!」 それでもなお、東野さんは食い下がった。その顔には先ほど一瞬見せた必死さが露骨に滲み出ており、取り乱している様にも見えた。 「別にヴァイオラのことを放置しろとは言ってへんやろ。ヴァイオラを見つけたらやってもらう。それでええやんか。あんたらもなあ、それで大丈夫やろ?」 志摩さんは僕達の方を横目で見た。だから一挙手一投足が迫力ありすぎて怖いって・・・・・・。 「足は引っ張らないようにしますよ」 乱火さんが真っ先に答えた。一見頼り無さそうに見えるけど3年生だけあって実は相当の場数を踏んでいるやり手なのかもしれない。 「ええ。どうにもお話を聞く分には接点がありそうですし、折よく遭遇したら同時に処理するようにします」 少し遅れて僕も賛意を示す。ふとレインさんを見るとヴァイオラの写真をじっと見つめていた。 少しだけ、ほんの少しだけだけど眉を顰めている。・・・・・・こっちも何かあったのかな? 「うむ、だがくれぐれも無理はしてはならんぞ」 レインさんの沈黙を了承と取ったのか、校長は僕達を見やった。 その様子を確認した志摩さんは立ち上がると 「ほな、話はまとまったみたやし、ワシらはこれで失礼するで」 と言い、校長室を後にした。 東野さんは未だ拳を握りしめていて憤懣やるかたないといった様子だったが、 諦めたようにため息を小さくつくと、僕達に小さく一礼して校長室を後にした。 Prev 転校生その1の憂鬱 Next 伝えたい、伝わってない
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休日の過ごし方(探究編) 休日。 学園が転移して出来たこの世界に、休日出勤などと言うサラリーマン的なものは存在しない(一部教師除く) 毎週1度、所により2度は訪れる休日。学園世界において、その過ごし方は様々である。 学園都市や麻帆良、蓬莱など"学生の遊び場"が充実している学園に遊びに行くもの。 学園世界に点在するダンジョンや様々な依頼をこなし"冒険"に明け暮れるもの。 居住区で、出会った異世界の同好の士たちと様々な"同好会活動"を行うもの。 学園海や学園都市で"アルバイト"に精を出すもの。 そして、"錬金術師見習い:深澄優貴"が選んだ休日の過ごし方は… ―――ザールブルグアカデミー ザールブルグ内に作られた、無数にある教室の1つで、彼らはそれを行っていた。 「最後に煮込んだものを壺などに入れてふたを閉め、空気を通さない状態にして冷暗所に3日間保存します。3日後、棒などで掬いあげて見て垂れ落ちなければ完成です…」 こちらで、とある忍者が書いたと言う真新しい日本語の巻物『甲賀の秘薬 学園世界編』をゆっくり、はっきりと音読していた優貴が読み終えてパタンと本を閉じる。 カリカリ…カリカリ… 「うん。こっちも終わったよ。ありがとう。助かった」 少し遅れて聞き取ったそれを書き終えた、いかにも優等生然した青年…この学園の生徒でも特に優秀な生徒のみが入学を許されると言うマイスタークラスであるノルディスがペンを置いて優貴に礼を言う。 彼の手元に置かれた大学ノートに書かれた文字は、優貴には読めない、異世界の文字だ。 「こっちはもう少しかかるわ…ところで、さっきのところ、空気を通さないようにして、どこに保存だったかしら?」 青年と同じく内容をノートに書き写していた少女が優貴に問い返す。この、他の3人と比べると少しだけ若く見える金髪縦ロールの少女の名は、"香水"のモンモランシー。 トリステイン魔法学院の水のラインメイジであり、様々な薬品の調合を得意としている。 そんな彼女のノートに書かれた文字も異世界の文字。だが青年が書いていた文字とは別のもの、トリステインの言葉であった。 「冷暗所。暗くて涼しいところだよ」 モンモランシーの問いかけに、優貴がさらっと返す。 「そう。ありがとう。それで3日間放置して棒で掬えるくらい固まったら出来上がり…こっちも写し終わったわ」 確認するように呟きながら、モンモランシーも写し終える。 「はっはっは。お前ら遅いぞ。俺様暇すぎて寝ちまうかと思った」 そんな3人を鷹揚に見ながら、くすんだ金髪の青年…賢者の学院に所属するヒースクリフが他の2人に言う。 ヒースの手元には巻物のコピー。日本語で書かれたそれは本来彼には読めないものだが、その若さに似合わずかなりの実力を持つ"ソーサラー"であるヒースは"翻訳(トランスレイト)"の魔法が使える。 一足先に魔法を使って読解を終えていたお陰で、ヒースは2人より1時間早く写本の作成を終え、暇を持て余していた。 ここ、ザールブルグアカデミーで学生の出入りを自由とする自由学園宣言が発令されてから4ヶ月が経つ。 その4ヶ月の間に、気の合う連中同士が集まって勉強会を開くことは、休日や放課後のこの学園ではよく見られる光景となった。 この代表者1人が音読した内容を自らの世界の言葉で写す"写本作成"メインの研究会もその1つである。 学園世界ではこの世界を覆う結界のお陰で、中にいる人間同士ならば、会話には全く問題が無い。 自らの発した"言葉"は瞬時に相手の世界の言葉に翻訳されて相手の耳に入る。 この"異世界"がひしめき合う学園世界が大した混乱もなく運営されているのは、それが大きな理由の1つである。 だが、文字はそうもいかない。言語体系の違う異世界の文字は、お互いにとって理解不能な記号の羅列に過ぎない。 『ごくつぅ』など極上生徒会の発行物で異世界系の学園に配布される分には自動翻訳魔法が込められた特殊インクが使われているお陰で誰でも読めるが、インクもそれなりに貴重なので個人で買うと結構高い。 おまけに彼らのような研究者に欲しがる人間が多いため、一般に出回る分は常時品薄で、魔導インクやそのインクを使ったペンは普通の物の100倍ほどするにも関わらず常に即日完売の人気商品であり、 なかなか手に入らないのである(需要が研究者か異世界人向けにも書いている漫画、小説書きくらいにしか無いため生産数が少ないと言うのもあるが) 他にも錬金術などで使われる材料は"冒険者"に護衛や採取を依頼して手に入れたり購買やバザールで購入しなくてはならないことが多く、一介の学生研究者には先立つものがあまりない。 そんなわけで、こうして地道にあるもので研究を進めるのが学園世界の研究者の一般的な姿であった。 「まったく、めんどくさいったらありゃしないわ。本が全部ハルケギニアの言葉で書かれていれば楽なのに」 写し終え、休憩モードに入った面々の中で、伸びをしてモンモランシーがそのまま愚痴を言う。 「そうだな。共通語か下位古代語で書いといてくれれば俺様も貴重な精神力を使わなくて済むんだが」 それにはヒースも同意する。ヒースの使える"古代語魔法"は便利だが、精神力を消耗するため、ぶっちゃけた話、使うと結構疲れる。 「う~ん。でも、こうして書き写すのも理解の助けになるから、いいじゃないかな?」 そんな2人をノルディスがとりなす…この学園内でも屈指の優等生であり、マイスターである彼は、同じくらい穏やかな性格で知られている。 「そりゃあそうだが、現状優貴が恵まれすぎだ」 ノルディスの言葉にちらりと優貴を見つつヒースが言う。 「え?僕?」 突然水を向けられ、きょとんとする優貴にヒースは軽く説明することにした。 「お前の世界の言葉で書かれた本が多すぎる。俺様マジでセージ技能伸ばそうか考え中なくらいだぞ?」 「そうね。特にサイトの国の言葉…日本語だっけ?あの言葉で書かれた本が多すぎるわ。ごくつぅの調べじゃあ学園世界で普通に使われてる言葉としてはダントツの1位って書いてあったわよ? 実際いくつかの学園都市の公用語も日本語だしね」 「そうだね。錬金術や魔法の技術書は少ないけど、科学の技術書は日本語と英語が特に多いね」 ヒースの言葉にモンモランシーとノルディスも頷いて同意する。 「う~ん。言葉かあ。そう言えばあんまり気にしてなかったけど、確かに言葉も含めて錬金術の勉強する環境は恵まれてるなあ」 優貴が冷静に自分を顧みながら、ヒースの言葉に同意する。 元々が"賢者の石の器"の使命を持った家系の出である分プラーナの強さ…ウィザードとしての才能には恵まれていたこと。 深澄家で嫌々ながら受けたウィザードの訓練の中に"賢者の石の制御法"として錬金術の知識習得が含まれていたこと。 彼の師匠がファー・ジ・アース最高の錬金術師であること。 そしてこの学園世界で今の研究仲間に出会い、異世界の知識を身につけたられたこと。 確かにファー・ジ・アースの錬金術師としては破格の環境だ。これで実力がつかなかったら嘘と言ってもいい。 実際、まだ研究をはじめて1年経っていないにも関わらず、優貴の錬金術師としての腕は既にそろそろ自分専用の箒を作れるくらいにはなっている。 「そう言えば、何で優貴って錬金術の研究をしているの?」 納得し、うんうん頷いている優貴を見て、モンモランシーがふと優貴に尋ねる。 彼女の知る限り、優貴のような科学の発達した世界では錬金術や魔法は"オカルト"と呼ばれ、本格的な研究している人間はほとんどいない。 はっきり言ってマニアックな技術体系なのだ。それは科学と魔法が混在したファー・ジ・アースでも同様で、ウィザードの中でも錬金術師と言うのは珍しい存在だ。 だからこそ、優貴がそんな技術を学んでいるのかを疑問に思ったのだ。 「何で僕が錬金術やってるかって?う~ん…」 優貴はしばし考える。目の前の彼らに、それを教えてもいいものか、と。 光明と一緒にいたかったからと言う理由もあるが、別にそれだけなら魔術師でも陰陽師でも何でも良かった。 何故よりによって錬金術師になろうと思ったのかと言う理由はちゃんと別にある。 だが、それを明かして彼らは怖がったりしないだろうか…と。 「…そうだなあ。ちゃんと教えておいた方が何かと便利かもしれないなあ」 しばし考え、優貴は結論を出す。大丈夫。彼らなら受け入れてくれる。そう判断し、優貴は明かすことにした、自らの秘密を。 「僕が錬金術師になったのは、“この身体”を元に戻すためだよ」 「身体?もしかして病気か何かなのか?」 「ああ、見てもらった方が早いかな」 ヒースの問いかけに答えながら優貴はずっとつけっぱなしにしていた手袋を外す。 その下にあるものは… 「…あなた、水の精霊だったの?」 モンモランシーが昔から知っているラグドリアン湖の水の精霊を思い出し、嫌悪ではなく、純粋な驚きから優貴に聞き返す。 貴の手袋の下から現れたもの。 それは透明なゲル状になった水の塊だった。ちゃんと形を取ってはいるが明らかに人間の体からはかけ離れたものだ。 だが、それをモンモランシーは恐れない。彼女の家系には“水”と親和性の高いものが多いせいか、水の精霊との交渉も古くから行っている。 それと同類だと言うならば、付き合い方さえ間違えなければ、恐れる必要が無いことも彼女は知っていた。 「はっはっは。面白い身体だなあ。って言うかそれ、精霊の涙代わりに使えんじゃね?」 センスオーラを使ってみて精霊の精霊と水の精霊が完全に混じり合ったものであることを確認したヒースが自分なりに結論を出し、笑って言う。 優貴が魔法生物なのか精霊なのかは知らないが、別段それは気にしない。 古代王国人は似たようなもんを作ってたらしいし、自分たちと一緒にいられるだけの知性と常識があるならそれが何であるかなんて気にすることでもない。 冒険者生活が長く、様々な経験を積んだヒースはこの手の“イロモノ”にある種の耐性を持っていた。 「う~ん。驚いたなあ。優貴の世界では生命の研究も進んでいると聞いていたけど…」 ノルディスが興味深げに観察する。生命の研究はザールブルグではマイスターでも軽々しく行えない禁忌だが、輝明学園には実際に普通の学生同様に暮らす“人造人間”がいると聞いているし、 優貴のような現代系の世界では“生命の根源”の研究も盛んに行われていると聞く。 錬金術師の純粋な好奇心は、執行部に入ったエリーにだって負けていない。研究者として、気になるものではあるが、今までの付き合いから恐れるようなものではないことは分かっている。 「…うん。君たちなら受け入れてくれると思ってた」 この身体の出自を知らない分、ロンギヌスなんかよりよっぽど友好的な3人の態度に、少しだけほっとしながら優貴は言う。 生命ある水…元“冥魔”で構成されたこの身体を治し、人間として光明と共に同じ道を歩むこと。 それが錬金術師としての優貴の目標である。 結局ダンカルド…ファー・ジ・アースでは治せなかったし、ヴィヴィにも治し方は分からないと言う。 だが、それで諦めてしまう気にはなれなかった。 あの時、自分を助けるために光明が見せた“諦めない”強さ…光明にあそこまでして救われた自分が簡単に諦めるなんて、格好悪すぎるから。 「僕はさ、感謝してるんだ。この世界に来れたこと、君たちに出会えたこと」 このありとあらゆる世界の技術が集う学園世界。 この世界に来たからこそ治すことが出来たと言う“不治の病”を患っていた者たちがいる。 自分の知らない“治し方”を知っている人たちがいる。 理由は様々だが同じように目標をもって“研究”を進める“仲間”がいる。 この世界には、そんな希望がある。ファー・ジ・アースにいただけでは分からない、沢山の知識。 それに触れ、応用することで生まれた“学園世界ならではの技術”は数知れない。 その中にはきっと“優貴の身体を治療する”技もあるに違いない。 「だから…これからも、よろしく」 そう言ってすっと手袋をつけない手を差し出す。その手を。 「ああ、こちらこそ。あ、そうだ。マルローネ先生にも聞いてみようか?最近マルローネ先生は色んな病気の治療薬の研究しているらしいし」 いつものにこやかな笑顔でノルディスが。 「ええ。よろしく。あ、そうだ。その身体ちょっとだけ分けてくれない?本当に精霊の涙として使えるなら、その対価に水の秘薬作ってあげてもいいわよ?」 澄ました顔でモンモランシーが。 「ああ。お前の体の研究したら色々面白そうだな。っとそう言えば“ろんぎぬす”のマスターが似たような身体だって聞いたぞ?何か知ってるかも知れんから行ってみないか?…もちろんお前の奢りでな」 ちゃっかりしたところを見せながらヒースクリフが。 それぞれに手を取った。 ← Prev Next →
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side リルカ・エレニアック ブラッド・エヴァンスと七瀬晶がタウンメリアへと向かおうとしていたその頃、柊蓮司とリルカ・エレニアックの2人は… 「どこなんだよここは!?」 「ご、ごめん。失敗しちゃった…」 森の中で道に迷っていた。 事の起こりは1時間ほど前に遡る。 「これで、最後!ハイフレイム!」 「こいつで、終わりだ!エンチャントフレイム!」 リルカの呪紋が人形を焼き尽くすと同時に炎を纏った柊の魔剣が人形を真っ二つにかち割った。 シェルジュ自治区に静寂がやってくる。どうやらモンスターは全滅したようだ。 「ふう…お前、やるじゃねえか」 「あなたもね」 協力して敵を倒した事による達成感からか、2人には奇妙な連帯感が生まれていた。お互いに親指を上げ、互いの健闘を称える。 その直後にリルカは気づいた。目の前の男について何も知らないことに。 とりあえず、リルカは尋ねた。 「とりあえず手伝って貰っちゃってなんだけど、あなたは誰?どこから来たの?なんで空から降ってきたの? こいつらが何なのか知ってるの?あの赤い月に何か関係があるの? なんでアガートラームを持ってるの?まさか引っこ抜いてきたの?もしかして泥棒?」 「おいおい待て待て一度に聞かれても答えられねえよ!落ち着け!」 弾丸のように矢継ぎ早に繰り出される質問に、柊は混乱して言う。 その言葉にリルカも落ち着いて話を聞くことにした。 「ごめんなさい。一気に聞かれても困るよね。じゃあ、まずあなたは誰で、どこから来たの?ってか何で空から降ってきたの?」 「ああ、俺の名前は柊蓮司、魔剣使いだ。どっから来たかって言われると…信じて貰えねえと思うが、この世界の外からだ。 何で空からってのは…聞かないでくれ」 「この世界の外?ファルガイアじゃない異世界から来たってこと?」 「ファルガイア?…ああ、この世界の名前か。そうなるな。ちなみにファー・ジ・アースって所から来た」 「異世界…」 普通ならば一笑にふす話なのだろう。だが、リルカにはあながち嘘だとも思えなかった。 異世界、それはリルカがかつて参加していたARMSが最後に戦った相手だからだ。 あの時の異世界は暴れ回るモンスターみたいなものだったが、異世界があるんならファルガイアのように普通に人が住んでいる異世界だってあってもおかしくはない、と思う。 「おっけ。あなた…レンジが異世界から来たってのは、とりあえず信じるよ。 でも、その異世界から何で来たの?もしかして、この赤い月やさっきのモンスターと何か関係あるの?」 「ああ、多分だが、ある。俺は、この異変の原因を倒しに来たんだ」 リルカの次の問いに蓮司は力強く頷いて答える。その答えにリルカは驚いて聞き返す。 「原因って…分かるの!?」 「ああ。多分こいつは、魔王の仕業だ」 そして、柊は話す。エミュレイターと月匣、それを束ねる魔王、そしてそれと戦うもの、ウィザードについて。 「へえ…なんか、凄いね」 その話を聞いて、リルカは大きな事件に再び巻き込まれたことに対するとまどいを感じていた。 リルカは、柊にたずねる。 「魔王って位だから、強いんだよね?」 「多分な」 リルカの脳裏によぎるのはかつて1度だけ戦った、魔王の名を持つモンスター。あの時は6人がかりでようやく倒した。 「じゃ、私たちだけじゃ厳しいかな…」 「う~ん…かもな。って、お前も手伝ってくれるのか?」 「うん。私たちの世界の問題でもあるし。それに足手まといにはならないと思うよ?」 「そりゃあそうだろうが…」 柊は戦いの中で、リルカが極めて優れた魔法の使い手であることを見極めていた。 ファー・ジ・アースでも達人と呼ばれる域に達しているだろう。 それも実戦で磨いた技らしく、隙のない魔法だった。確かに心強い味方になるだろう。 柊はそう判断していた。 「それに、私の仲間なら、言えば手伝ってくれると思う。みんなで挑めば、魔王でも何とかなるよね?」 「仲間か…」 仲間は多い方がいい。その方が出来ることが多くなる。 それに、彼女の仲間なら腕も立つだろう。柊はそう考え、彼女に言う。 「分かった。頼む、手伝ってくれ。えっと…」 「リルカ。リルカ・エレニアックだよ。よろしくね、レンジ」 「ああ、よろしく頼むぜ。リルカ」 二人はぎゅっと握手をかわす。かくして、ウィザードとクレストソーサレスの臨時パーティーが結成されることになった。 「んで、リルカの仲間ってのはこの辺に住んでるのか?」 柊は早速リルカに聞く。それに対し、リルカはクビを横に振った。 「ううん。今はみんなばらばらに暮らしてるから…でも、大丈夫。これを使えばみんなのところまでひとっ飛びだよ!」 そう言うとリルカはポケットから緑の宝石を取り出す。 「それは?」 「テレポートジェムって言って、行ったことのある場所ならあっという間に移動できる便利アイテムだよ。 とりあえず、ここから近いアシュレーの所に行くね。そーれ、レッツ・ゴー!」 そう言うとリルカはテレポートジェムに魔力を込めた。 かくして、冒頭に戻る。 「なあ、リルカ。悪いがもう1回さっきの奴、使ってくれねえか?失敗は無しで」 「ご、ごめん。もう無い…」 2人の間に何とも重い空気が流れる。 「と、とりあえず街を探そうぜ。そこまで行ければ何とかなんだろ」 「そ、そうだね。街に行けばテレポートジェムも売ってるしね」 こんな時こそポジティブシンキングとばかりに顔に笑みを張り付かせて2人は獣道同然の道を歩きだした。 しばらく2人して黙って歩いていたが、重苦しい空気を吹き飛ばそうとリルカは口を開く。 「そう言えば、ここでも赤い月が見えるんだね」 「ああ、そういやあずっと月匣の中っぽいな。てっきりあの辺りだけかと思ってたが、こりゃもしかすると世界中がこうなのかもな。 …そうすっと敵は魔王の中でもやばい奴ってことか?」 失敗。余計に空気が重くなった。また2人は黙って歩き出す。 そのときだった。 ぐぅ~きゅるるるるる~ 豪快な音がした。柊は思わず音のした方を見る。 「ば、晩ご飯食べてなかったから!」 リルカが顔を真っ赤にして必死に言い訳をし、次に何かを期待する目で柊を見て、ため息をつく。 「と、ところでレンジ、食べ物とか持って…るわけないか」 柊は完全に手ぶらだった。どう見ても食料その他を持ち歩いているようには見えない。 だが、柊の返答は意外なものだった。 「いや、そういや昨日、エリスが持たせてくれた弁当があったな。たまにはちゃんとしたものを食べなきゃ駄目ですよ柊先輩って」 そう言うと柊は月衣に手を突っ込み、3段重ねの重箱を取り出す。それを見てリルカは目を丸くした。 「ちょうどいい。ここらで一旦休憩にしようぜ。どう見ても1人で食うには多いし、分けてやるよ」 「ふぅ~。満足満足♪」 幸せそうな顔でリルカが言う。 「あ、あっという間に…」 エリスの弁当は優に4人分はあるものだった。その半分以上をリルカはあっという間に平らげていた。 油断していたら柊の分が無くなりそうな勢いだった。 「ポーリィ並みの食欲だな」 重い空気はすっかり消えている。人間腹が満たされれば悲壮感が薄れるものだと言うことだろうか。 「いや~こんなにおいしいご飯は久しぶりだよ。おばさんの焼きそばパンに匹敵するね。これを作ったエリスさんって人はレンジの彼女?」 「ば、馬鹿ちげえよ。仲間、ただのな~か~ま!」 「ふ~ん。な~んか怪しいなあ…」 突然の恋話に顔を真っ赤にして否定する柊とそれをニヤニヤしながらからかうリルカ。意外にいいコンビかも知れない。 「そういえばさレンジ…」 食後の休憩時間と言うことで2人して木陰に座って休んでいるとリルカが何かを思いついたように言う。 「うん?なんだ?」 「さっき、何にも無いところからお弁当を取り出してたよね?どんな手品なの?」 「ああ、そういやさっきは説明してなかったか。あれは月衣っつって俺たちウィザードが武器とか色々しまっておくための結界みたいなもんだ」 「武器?ああ、そう言えばレンジの剣もいつの間にか無くなってたけど、そのカグヤにしまってたの?」 「そうだ」 「じゃあさ、その剣ちょっと見せてくれない?さっき、聞き忘れてたこともあるしさ」 「いいぜ。重いから気をつけろよ」 そう言うと柊は月衣から魔剣を取り出し、リルカに手渡す。 それを少しよろけながら受け取って、リルカはしげしげと剣を眺めた。 「う~ん。やっぱり似てるなあ」 「似てる?何に?」 柊はきょとんとして聞き返した。 「ああ、うん。この世界にね、昔からアガートラームって伝説の剣があるんだけど、この剣それと瓜二つなの。 だから最初はレンジが引っこ抜いて持ってきちゃったのかなって思ったんだけど、違うよね。 レンジはファルガイアに来てからまっすぐシェルジュ自治区に落ちてきたみたいだし」 「落ちてきたって言うな!」 リルカの軽口に突っ込みつつ、柊は答える。 「けどそれ変だぞ?その剣は俺がウィザードになってからずっと一緒だった…いやまあ1回失くしたけど、あの頃の剣とは違うしな。 とにかく、この世界に昔からあるはずがねえ。他人の空似ならぬ他剣の空似じゃねえのか?」 「う~ん。やっぱりそうなのかな…」 「多分そうだろ。そろそろ行こうぜ」 「うん、そうだね」 そこで話を打ち切り、2人は立ち上がる。 魔剣を月衣に突っ込み、2人は再び歩き出した。 しばらく歩き、ようやく2人は村らしきものにたどり着いた。2人は同時に安堵の溜息をつく。 「よかったあ…外海の孤島とかだったらどうしようかと思ったよ」 「さらりと怖ええこと言うなよ」 人が住んでいるところに出られたことによる余裕からか、2人して軽口をたたき合う。 村に入るとリルカは変な顔をして辺りを見渡した。 「あれ、ここって…」 見覚えがある。確かここは… 「リルカ!」 突然柊に抱き寄せられる。そのことにリルカが赤面して抗議する。 「ちょ、ちょっとレンジ、いきなり何を」 だが、柊の顔を見て、平静を取り戻す。 リルカにも見覚えがある。あたりを警戒する、歴戦の戦士の表情。 柊はその面持ちのまま、ゆっくりと月衣から魔剣を抜く。 「何か、いる。気配を殺してやがる。素人じゃあねえな。リルカ、俺から離れんなよ」 「ん、おっけ」 小声で会話する。そして、リルカもポケットからクレストグラフを抜き出す。 時間に直せば、ほんの数十秒にも満たない時間。だが、極度の緊張状態のなかで、その時間は数時間にも感じられる。 「…!上だ!」 柊がとっさに魔剣を天に向ける。魔剣は間一髪で空からの刃を防いだ。攻撃をしてきたのは、眼帯をつけた、若い女。 「カノンさん!?」 「…!?リルカか!?」 2人が同時にお互いの名前を呼び合うと同時に。 「カノンさん、一体何があったんですか!?」 中学生ほどの少年が近くから飛び出してきた。 「すまなかった。てっきりあの赤い月が出てから現れ出したモンスターの類かと思ってな」 若い女、渡り鳥のカノンは柊に頭を下げる。 「いや、いいさ。それよか俺ら以外にも赤い月のことが変だってわかってる奴がいて安心したぜ」 「ここ、バスカーの村だったんだ」 リルカは少年、かつての仲間の1人であり、ガーディアンを使役するバスカーの神官であるティムに話かける。 「はい。でも驚きました。リルカさんが突然訪ねてくるなんて。何か御用ですか?」 「え、いや御用っていうか…あはははは」 ティムの問いをリルカは笑ってごまかした。テレポートジェムの転送ミスだなんて、言えない。 「でも、何でこの村にカノンさんがいるの?」 リルカは話題を変える。そのことに深く突っ込むことはせず、ティムは頷いて説明をする。 「ええ…実は、何日か前からグラブ・ル・ガブルが変なんです。何かが入り込んだような感じで。 そこで調査のためにカノンさんに護衛をお願いして、一緒に調べに行こうと準備をしていたら…」 「あの、赤い月が昇ったと」 「はい。村のみんなはあの赤い月が当然のことだと思っているようなんです。 それに、あの月が出てから、この辺りにいるモンスターとは思えないほど強いモンスターがひっきりなしに襲ってくるようになって。 それで動くに動けず、困っていたんです。 今のところは僕たち2人でも何とかなってますが、あんまり続くと流石に辛いかもしれません。そこで、リルカさんと、ええと…」 「柊蓮司だ」 「ヒイラギさんには、増援…アシュレーさんやブラッドさんを呼んできてもらいたいんです」 「うん。いいよ。どうせ私たちもアシュレーのところへ行くつもりだったし」 ティムの頼みにリルカは頷いた。 「ありがとうございます。助かります」 「いいっていいって…ところでティム、お願いがあるんだけど…」 リルカのお願いに、ティムは不思議そうに聞き返す。 「はい?なんですか?」 「テレポートジェム、分けてくれない?できれば5,6個」 「あんがと。できるだけ早く戻ってくるね」 テレポートジェムを十分な数補給し、リルカはティムに別れを告げる。 「はい。お気をつけて。リルカさん、あ、それともう一つ、アシュレーさんに伝えて頂けますか?」 「ん?なに?」 「グラブ・ル・ガブルの異変の直後に、ダン・ダイラムの強い力で、この世界に何かがやってきたみたいなんです。 もしかしたらそれも何か関係があるかも知れません」 「ん。分かった。一応伝えておくよ。じゃね!」 そうしてリルカは再びテレポートジェムに魔力を込め、柊と共にアシュレーの住むタウンメリアへと向かった。 ← Prev Next →
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"真昼の月" アンゼロット(Anzelot) は、世界の守護者としてウィザードたちの頂点に立つ銀髪の少女。外見年齢14歳。 CVは小暮英麻。 概要 次元の狭間にあるアンゼロット宮殿に住まう。 非常に強力な力を持つが、強力過ぎる故に世界に直接干渉することを禁じられている。 紅茶を好み他人にもよく振る舞うが、以前ひどい目にあった柊蓮司は警戒して口にする事は無い。 The 2nd Editionの公式リプレイにおいては、「モノクロームの境界」第1話を最後に姿を見せていない。その理由はセブン=フォートレスリプレイ「シェローティアの空砦」第1巻で明らかにされている。 性格 見目麗しく気品漂う容姿とは裏腹に、相当に「イイ性格」の持ち主。 笑顔をたたえたまま、危険きわまりないミッションへの参加を「はいかイエスで」と強制的に押しつけることもしばしば。 そのせいで雇われたウィザードの大半から恨まれていたりいなかったり。 「蒼穹のエンゲージ」第1話では、雨宮砕に多額の借金(ある事故で死にかかった砕を救出するための費用)を押し付けてロンギヌスで働かせるという「ナニワ金融道」の如き悪行(?)を暴露されてたりする。 まじめなのかふざけているのか解らない態度で柊をいじり倒し、時折俗っぽい行動を取るといった「世界の守護者」とは思えない奇矯な面も目立つが、真に世界の危機が迫っている時には非情な決断をも躊躇わない。 コグレロット 当初は貞淑なお姫様然としたキャラクターを想定されていた。 しかし、リプレイでの演出や、ウェブラジオの小暮英魔による演技により、腹黒いサディストとしてのイメージが暴走、現在に至る。 このように演出されたアンゼロットのことを、ファンは「コグレロット(Kogurelot)」と呼ぶことが多い。 世界の守護者としてのアンゼロット TRPGでは、公式リプレイなどを「単なる1つのプレイグループ」と見なすことがある。 その場合「公式は公式(*1)、ウチはウチ」として、当初の設定通りに単なるお嬢様キャラとして演出することも多いようだ。 余談 元々はNPCだが、ファンサービスとして一度だけPCになったことがある。 ファンブック「パワー・オブ・ラブ」収録のリプレイ「愚者の楽園」を参照。 その時のプレイヤーは小暮。 「合わせ鏡の神子」ではNPCなのに小暮に乗っ取られた事がある。 原作では「Anzelot」または「Angelot」と書かれている。海外のウェブサイトでは「Anzelotte」と表記されていることが多い。 「Angelot」は、フランス語の「天使」と同じ綴り。意図された名前なのか、偶然かは不明。 「柊蓮司と宝玉の少女」では「Anzelot」になっている 元々は原作者・菊池たけしが作った別のゲームに登場するキャラクター。 長い間その関連性が疑われてきたが、最近になって公式にそれが語られることになった このゲームにおいてアンゼロットのファンは「ゲボク」または「下僕戦士(げぼくうぉーりあ)」と称される。現在の彼女のファンの中には、この頃からの10年来のゲボクも少なからず居るという。 「フレイスの炎砦」では、アンゼロットが登場した際に菊池が「何のゲームやってるかわからなくなった」と発言。直後、「超女王様伝説だったりして」というツッコミが入った。
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1・レベッカ宮本の場合。 -Starry Heavens- 桃月商店街内にある焼肉屋・『食ったもん勝ち』。 日曜日の夕方から、その店は大盛況だった。 「すいませーん、カルビと鳥モモ追加ー!」 「塩ダレコブクロこっちにもよろしくです」 「お前、それオレが大切に育ててたイカの一夜干しとにんにくホイル焼きじゃんっ?なんで勝手に食うんだよ!」 「ふっ、お前との友情もここまでだ。焼肉は人を狂わせるんだよ」 「やめて、みんな私のために争わないで!」 「クッパ、クッパ、クッパッパ~♪」 ……なんか友情が壊れてたり違う事件に巻き込まれてたりする奴いないか? 閑話休題。 今ここにいるのは、桃月学園1年C組の面々だ。 というのも、担任が先の桃月学園クラス対抗料理大会において審査員特別賞をもらい、その副賞としてついてきたのがこの焼肉屋の貸切招待券だったからだったりする。 なんとも太っ腹な副賞だ。 この商店街は萌えに飢えてる人間が多いので店主が萌えたとかそんなこともありそうだが。 ともあれ、そんなこんなで1-Cの生徒達は夕方から店貸切の焼肉パーティの只中にいた。 その中で、やけに目立つ少女が一人。 「レバ刺しもう一皿お願いするであります!できれば血の滴るよーなヤツを!ニンニクも足りないでありますよっ!」 見た目は銀髪に紅瞳、透けるような白い肌の少女なのだが、この焼肉屋への順応っぷりはなんなのか。 そんな少女を横にはべらせて満足そうに抱きつきつつ語りかけるのは姫子だ。 「ノーチェちゃんちっちゃくてかわいいー!ギャップ萌え~!」 「わあっ!?何するでありますか姫子!離すでありますよ~!く、くるみー、助けてほしいであります~!」 「頑張ってねー。たぶんもうちょっとしたら玲が止めると思うよ」 「助ける意思0でありますなっ!?」 きゃあきゃあと姦しく網を囲んでいる最中、その隣にいた一条さんがくるみに聞いた。 「くるみさん。そう言えばその玲さんはどこに?」 「宮本先生も見当たらないです」 続けるのは6号さん。それに答えたのは都だった。 「……まぁ、すぐ帰ってくるわよ。馬には蹴られたくないでしょ?」 その言葉にくるみ以外の全員は首を傾げてなにやら言いづらそうな都の顔を見た。 ……くるみはだからそれ私の台詞ー!と叫ぶものの、やはり地味なため誰にも気づかれなかった。哀れだ。 大騒ぎの店を出れば、そこにはもう夜の帳の降りた町があった。 それを見ている男に、小さな少女が声をかけた。 「お前はもう食べないのか、焼肉」 若い男は焼肉大好きだって聞いたから誘ったんだけど、と言う金髪の少女―――レベッカは、男をじっと見据えていた。 男―――柊は振り向くと、答える。 「ちょっと外の風にあたりに来ただけだよ。肉はありがたく食ってかせてもらうぜ」 止めても無駄だからな?と茶化すように言う相手に対して、真剣な表情でレベッカは聞いた。 「いつだ?」 「なにがだよ」 「いつこの町を出るんだって聞いてるんだ、答えろ」 その予想外の問いかけに、柊が驚いたような顔をした。 今までそんな顔をさせたことがなかったので、少しだけ胸がすく。 「……お前に言ったか?俺」 「言わなくてもわかる。お前単純だし。天才をなめるなよ?」 「自分で言うなよ天才とか。バカみたいに見えるぞ?」 「本物の馬鹿に言われたくない。ごまかすなよ、結局いつ出発するんだ?」 柊はベホイミに頼まれて、エミュレイターの群発発生と通り魔事件の解決を手伝うためにこの町に滞在していた。 だから、全部が終わった後は自分の旅にもどるだけだ。この半月ばかりの方が彼にとっての非日常であったとも言えなくはない。 彼は、一つ頷いて答える。 「一応、明日の朝。お前来るなよ?明日は学校なんだし」 「当たり前だろ。お前なんかのために学校休めるか」 口をついてでたのは、そんな憎まれ口だった。 もっとも、本音は別れに立ち会ったら絶対ついて行きたくなるからで、そんなことを彼女に言えるわけもないのだが。 幼くても、レベッカは天才と呼ばれる類の人間だ。 柊が彼女の踏み込めない何かを持っていることはわかっていたし、そこに踏み込むには多くの時と覚悟が必要になるだろうことも理解している。 彼女は、言った。 「それで?今度はどこに行くんだよ」 「一回実家帰らないと殺されるから実家に帰るかな。そもそも俺帰省の途中だったわけだし。 その後は―――まぁ、風の吹くまま気の向くままってヤツか」 なんだか、その言葉はとても彼に似合う気がしてレベッカは思わずその口の端を持ち上げた。 いつでもどんな時でも、誰にもその信念を曲げられず、偶然のように、必然のように―――風の指す道へ。 ふらふらと、不安定で。けれど誰にも邪魔できない。通り抜けた後また同じところに帰ってくるかもわからないけれど。 笑われたと思ったのか、少し不機嫌そうに彼は呟いた。 「なんだよ、俺そんなにおかしいこと言ったか?」 「別にそういうことじゃない。お前らしいなと思っただけだ」 「……なんか腹立つのは気のせいか?」 「気のせいだ。お前もよく言うだろ?子供は子供らしくって。お前はお前らしく、でいいんじゃないのか?おあいこだ」 口で女性に勝てた覚えのない(妙に彼の周りが舌戦の強い女性ばかりだというのには目をつぶれ)柊は、諦めてため息をついた。 「聞きたいことはそれだけか?じゃあ、俺はそろそろ戻るぞ。せっかく誰かのおごりなんだし、できるだけうまいもん腹の中につめて帰るさ」 そう言って踵を返す柊に、レベッカは振り向かずにすれ違った後声をかける。 「なぁ、柊」 「なんだよ?」 彼は振り向くが、やはりその位置からではレベッカの表情は見えない。 当然だ。彼女はこの位置を望んで計算して声をかけたのだから。 「お前、言ったよな。危ない時はいつでも連絡しろって。助けに行ってやるって」 足が震える。 相手の人格は、出会って数日ほどだがある程度把握しているつもりだ。 そして、彼女の問いにどう答えるかもわかっているつもりだ。けれど、他人は自分ではない。想定した答えを返してくれるかどうかは予測はできても完璧とは言えない。 だから少し怖い。けれど、彼女は勇気を振り絞ってたずねた。 「あれ―――お前がこの町にいなくても、どっか遠いとこに行ってても、有効か?」 心臓がマラソンを走りきった後と同じくらいうるさい。 この音が相手に聞こえている気がして、気が気ではない。 絶対そんなはずはないと頭の中の理論は答えるのだが、感情は理屈で割り切れるものでない以上、その理論は力を持たない。 柊は、ため息を一つ。 たぶん顔見たら怒るな、と直感で判断。このあたりだいぶ成長が見られる。 ともかく、顔を見ないままにぽん、と頭に手を置いた。子供に大人がやるように。 「当たり前だろ、約束破るのは嫌いなんだ」 「子ども扱い、するなよ」 泣き顔も苦手だ。誰かに自分のことで泣かれるのは、やっぱり辛い。 けれど、レベッカが必死に我慢しているのは柊にもわかった。それを指摘すれば彼女がより困るだけだろう。落ち着いた頃にもう一度謝ろうと思って、一言だけ言った。 「別に今生の別れってわけじゃねぇんだ、またいつか遊びにくるさ」 「……絶対だぞ。あとで指きりするからな、針の数は兆で」 億の上かよ、と笑いながらツッコミをいれて、彼は再び踵を返し、後でな。と言い残して店の中に戻った。 ―――そんなやり取りを物かげから見ていた人影が、4つ。 「かくて犠牲者がもう一人、ってことっスかね?」 地味メガネ。 「もうベホちゃんってば。いいじゃないですか、あの年頃のお隣のお兄さんはロマンですよ?」 金髪メイド。 「そんなモンですか。うちの妹にもあんな可愛げあったらよかったのに……」 二卵性双子兄。 「まぁ、あれはあれでいいんじゃないか?初恋はいつだって実らないもんだ」 メガネ魔女。 四人のデバガメであった。なんでA組の修とD組のベホイミ・メディアがC組の焼肉パーティにいるかと言えば、単になりゆきだったりする。 実は他にも他クラスの連中が混じってたりする。留学生連中は特に。B組のズーラとか。 玲の何か感慨深げな言葉に、三人の視線が集まった。 彼女は眉を寄せ、三人に問うた。 「なんだよ、私の顔に何かついてるか?」 「いや、橘さんがそういうこと言うとは思ってもみなかったっていうか……」 「えぇと、ほら。人間誰しも意外な過去の一つや二つあるもんスよねっ!?」 「い、意外だなんてもう。玲さんに失礼ですよベホちゃん」 「お前ら帰れ。今すぐ」 もともとレベッカに直接呼ばれたC組の人間であるとはいえ、玲の言葉にえー、とブーイングする三人。 その4人の背後から、声がかかった。 「デバガメか。いい度胸してるなお前ら」 その声に4人の動きがぴたりと止まる。 そこには、背後にゴゴゴゴ的な擬音を背負っていそうなのが見て取れるレベッカが立っていた。 4人が弁解をはじめる前に、彼女は笑顔で言った。先ほどまで泣いていたとは思えないほど、強い笑顔で。 「お前ら全員、今日の飲み食い代自腹な?後でおばちゃんにお前らの分だけ別にしてもらうから」 抗議の声もどこ吹く風。 レベッカは笑う。決めたのだ。 助けてもらったのだから、助けてやれるヤツになろうと。 抱えるものを相手が教える気がないのなら、まったく違うやり方でそこを見てやろうと。 その想いを大本として彼女が背負ったものは、彼女の人生にとってプラスになったかは誰にもわからない。だが。 彼女は本物の天才だ。きちんと目標があり、努力する意思があるのなら、いつかそこに到達するだろう。 いずれ、十塔ハジメと彼女が並び立つ両雄として魔導科学研究の頂点に達する未来があるの『かも』しれないが―――それはまた、別のおはなし。 2・ブランシェリーナ=リヴァルの場合。 -僕たちの未来- 桃月町。 <交流区域>と呼ばれる特別な場所として指定され、妖怪に規則を与えて住まわせるのを許可している町。 そんな、さまざまな勢力の協力があってなりたつ複雑な利権関係の町に、一人フリーで喧嘩を売った錬金術師・ブランシェリーナ=リヴァルは、今。 ―――桃月町のとある借家の一室で途方にくれていた。 そう広い家ではない。洋風建築のモダンな家であるものの、もともと下級クリーチャーが住み着いていたのをとあるウィザードが駆除した後の、しかし人の入らない物件だ。 ベホイミにぶん殴られた後、彼女は町の最高権力者のところに連れて行かれるのだろうと思っていた。 しかし、ベホイミのとった行動は違った。 戦いが終わった直後のブランシェリーナの様子が、本当に道に迷ってどうすればいいのかわからない子供のようで、そのまま突き出すのは気が引けたのだという。 そもそも彼女は、今はフリーの身であるものの元は「十輪図形」のメンバーである。それもゴーレム作りにおいて免許皆伝クラスの。 そんな彼女が世界魔術協会や背教者会議の手の入っている町に手を出したのだ。ちょっとした混乱が起きる可能性がある。 幸い、町に死者は出ていない(約一名死にかけた奴がいるが、当人ほぼ気にしないためスルー)ため、ブランシェリーナの件を隠し通そうということにしたらしい。 もちろん、本当はそう上手くいかないものなのだが、色々な連中が色々な動きをした結果、彼女は<交流区域>桃月町の町長の保護管理下に置かれる、という形で収まった。 とはいえ、それで困るのはブランシェリーナの方だ。 当然裁きを受けるものとして、覚悟はしていたつもりだった。 自分がいつか殺される覚悟を持って、彼女は20年間ずっと文字通り血を流しながら進んできた。 それを、数人のウィザードに見事なまでに妨害されて彼女の月日は水泡と化した。たった一人の少女の、町を守りたいと望む気持ちによって。 そんなわけで、彼女は今ものすごく途方にくれていたりするのだったりした。 「……簡単に言ってくれる」 そう言って思い出すのは、自分を殴って別の道にすっ飛ばしたぼろぼろの魔法少女。 彼女は、ブランシェリーナがこの町で暮らせることが決まって後、何か言いづらそうにこう言った。 『アンタの20年は、やっぱり間違ってるっスよ。それを直すことはやっぱりできないっス。 けど、アンタは別に人外が嫌いなわけじゃないんでしょう?だったら、もうちょっとこの町で暮らしてみるのも悪くないんじゃないっスか?』 おそらくは照れ隠しの一環なのだろう、無愛想な表情が思い出される。 変な奴だな、と思ったのを覚えている。 彼女には、何故か自分に与えられているこの時間の意味がわからない。 覚悟をして進んできた。痛みも苦しみも全て前に進むための糧に変えてきたつもりだった。けれど、その20年は否定されてしまった。 しかし彼女もあの戦いで一つだけ学んだことがある。 それは、前を向いて走る人間の意思に勝つのは並大抵のものではないということ。 正直この町をどうこうしようという気は今の彼女にはない。そして、これからも起きることはないだろう。 間違いだと言われたからではない。後ろを向き続けていたのを、強制的に殴って前を向かされたからだ。 そして、今まで見たことのないほどのまっさらな世界(みらい)が見えた彼女は、今途方にくれている。目標に向かっていた時とは違い、何もすることがないからだ。 一つため息。まったく、厄介なことをしてくれた。これでは、やることを探さねばならないではないか。 そう思って、彼女は外出の用意をする。自分の未来を見つけるために。 前に向かって歩き出そう。後ろを見ていた時には見えないものが、そこにはあるはずだから。 そして、ブランシェリーナは―――子猫を抱いている自分の映る、家族の写真の入ったロケットを握り締めて、<交流区域>桃月町へと今日も繰り出した。 3・桃月町に来た魔法使いの場合。 -希望峰- たこ焼きの入った紙の器を膝に置き、ベンチに隣り合って座る二人の少女。 かたや銀髪を二つに結ったどう見ても日本人とは思えない少女、ノーチェ。もう一人は、桃月学園の制服にヘアバンドとメガネのクールそうな少女、大森みのり。 笑顔でもっきゅまっきゅと幸せそうにたこ焼きをつつく外人の美少女と、無表情ながらも箸を止めることのない日本人の美しい少女、なかなかお目にかかれない光景だ。 数日前、桃月町の有名なたこ焼き屋の前で食い入るようにたこ焼きを作っているところを見つめるノーチェに、みのりが自分のたこ焼きを一つ渡したのが始まりだ。 以来、毎日こうしてこの時間にどちらからともなく集まり、たこ焼きをみのりが二つ買って店の前で食べる、というのが習慣になってしまった。 ノーチェおごられっぱなしかよ、とも思わなくもないが、みのりはみのりで嫌ならこないはずなので意外にいい関係なのかもしれない。 食欲の秋。空は高く、雲はゆるゆると流れている。銀杏がだんだんと金色に色付く中、たこ焼きはやがてなくなった。 ごちそうさま、であります。とノーチェが言うのを、みのりがこくんと頷いた。 ノーチェはうーん、と伸びをして空を仰ぐ。 「いい季節でありますなー。自分の故郷は山の奥でありますから、年中寒いのでありますよ」 「そう」 「あ、でもレモンの収穫時期になると近所のレモン畑がすごくキレイなのでありますよっ! 近くのリーザおば様のつくるレモンピールとそれで作るレモンケーキがもう絶品でありましてな? あ、おば様のボロネーゼ風ニョッキとマリナーラもすごくおいしいのでありまして―――」 たこ焼きを食べ終わった後は、こうしてノーチェが今まで旅した場所や実家の話をし倒し、みのりはそれにこくりと一つ頷くというやり取りが繰り返されていた。 もっとも、みのりは興味がないことに頷いているわけではない。 彼女は基本無表情(のちドジっ子)だが、図書委員を務めるほどには自身の知識が増えることに対して貪欲だ。単に知ることに対し楽しみを感じるタイプだとも言う。 だから、ノーチェの話は彼女にとってもとても興味深いものであり、この時間は彼女にとっても大切に感じられる時間だったのだ。 正直、中学生くらいの少女が色々な国に行った思い出がある、というのにツッコミが入らないのはどうかと思うが、 みのりに言わせればそれが真実ならその疑問に何の意味があるの?とのことらしい。どうなんだそれ。 やがてぴょい、とノーチェがベンチを降り、みのりにくるりと振り返った。 「そろそろ帰るでありますな。ちょっと呼び出しがかかってて、明日のお昼にはわたくしこの町を出ねばならないのでありますよ」 その唐突なさよならにも、みのりはそう、と言っただけだった。 ノーチェは笑顔で礼を言う。 「今日までありがとうでありました。たこ焼きはおいしかったし、みのりとの時間はとても楽しかったでありますよ」 「そうね。楽しかった」 返る言葉はそれだけだ。けれど、彼女はその言葉に色々な思いを乗せている。さみしくはない、だって――― 「またこの町に来たら、たこ焼きおごってくださいでありますよ」 「えぇ、待ってるわ」 人の顔を覚えるのが苦手なみのりが、彼女の顔は覚えたのだから。 そして、ノーチェがそう約束してくれることを彼女はわかっていたから。 短い間ながらも、ノーチェとみのりは言葉少なでありながらも確かな絆を育んでいた。 ではまた、であります!と宣言して駆けて行く少女の背中を、みのりはじっと見つめている。 それが角を曲がって消えるのを見届けて、彼女は小さく息を吸って――― 「―――てふっ!」 ……慢性鼻炎も大変なようだ。 それはともかく、周りに誰か見ている人がいなかったかと赤面しながら確認し、冷静な表情に戻り、彼女は誰にともなく呟いた。 「……名前、聞くのを忘れてた」 ……ツッコミを、頼むからこのボケしかいねぇ時空にツッコミのできる人間をください……っ! 4・桃月町にいた魔法使いの場合。 -Rolling star- 早朝。 日が昇る少し前、夜の闇が徐々に削られて昼の青に変わりゆく、もっとも空の美しい時間帯の一つ。 桃月町の町境に柊は立っていた。目の前に立つのはベホイミだ。彼女は、言う。 「今回は本当にありがとうございましたっス。助かったっスよ、柊さん」 「たいしたことはしてねぇよ。本当に町守ったのはお前だろ、胸張れよ」 「……腹に大穴開けられたり持ってるプラーナの半分を吸収されたりするのをたいしたことじゃないって言える生活はしたくないもんっスねぇ」 「俺に言うなっ!?」 しみじみと言うベホイミに即座にツッコミをいれる柊。 この光景もこれで終わりだ。柊は枷がない以上一ヶ所に留まっていられる性質の人間ではないし、ベホイミはこの町を守ると決めている。 だから、彼らがこの場所で別れるのは当然のことだった。 柊が言う。 「今回みたいに、俺(ウィザード)がなんかできてお前の手に負えないことが起きたら、呼べよ?手伝うから」 「んー……タダでこき使える柊さんみたいな人がいるのは確かにありがたいんスけど」 「アンゼロットみたいなこと言うんじゃねぇよっ!?」 そのツッコミにくすりと笑って、ベホイミは答える。 「ま、やれるだけは自分でやってみるっスよ。私がこの町が好きだから、こうやって戦ってるんスからね」 彼女の言葉に、それもそうか、と呟いて。柊は今度こそ背を向けた。 「じゃあな。たぶん、また来る」 「はいはい。その時は、馬鹿みたいに今回の話肴にしてお茶でもしばきましょうっス」 「そこは酒って言っとけよ。あんなとこにいたくせに」 「表的に働いてない無職に酒は100年早いっス」 「表的に高校生に酒は早くないのかよっ!?」 「無職と学生の間にある溝は狭いけどマリアナ海溝並に深いもんスよ」 そんな馬鹿みたいなやりとりをして、どちらからともなく手を差し出す。 「それじゃあ、また」 「おう。また来る」 握手。共にこの半月を駆け抜けた相棒として。再会を約束し、彼らは早朝の空気の中を別れる。 ―――が。正直、そうは問屋がおろさない。 ベホイミは見た。早朝の空にぐにゃりと空間の歪みが生まれ、そこから機械的なアームが姿を現すのを。 「柊さん、あれ……」 そう聞こうとした時、すでに柊は魔剣を引き抜いて迎撃体勢に移っていた。その表情はなんかもう真剣そのものだ。馬鹿らしくなるくらい。 直後、ベホイミにすら視認できぬ速度でアームが柊めがけて射出された。 見えないということは、避けることができないということだ。ならば―――全力をもって迎撃するのみ! 「でやあああぁぁぁぁっ!」 朝っぱらから超ご近所迷惑な叫びが響き渡る。 ともあれ、その甲斐あってなのか彼は視認できぬスピードで迫っていた機械式のアームを吹き飛ばすことに成功する。 見えぬと言っても来る方向さえわかっていれば、迎撃はそう難しいことではない。 しかし、その程度でこの襲撃をかわせると思うなと言わんばかりに、まったく違う場所にまたも空間の穴が開く。 全力でアームの相手をした柊の回避が一瞬遅れることを睨んだかのようなタイミングで、穴から彼に一直線に向かうのは―――カウボーイの縄。 見た目はマヌケだが、これを用意してくる相手は何の考えもなしにこんなものを用意する相手ではない……と、思う。 ともあれ。今剣を振り切った柊にとって、それを迎撃するのは至難を極める。 しかし彼は諦めない。この程度で諦めてなどいられない。正直、なんか間違ってる気が果てしなくしても彼は必死である。 心底よりの叫びと共に、無理矢理体を動かす。 「な・め・ん・なぁぁぁぁぁぁっ!」 プラーナを全力で開放。一滴たりとも無駄にしないんじゃなかったのか、これ以上の無駄遣いはないだろう。 回避行動のために叩き込んだプラーナは、果たして縄を彼に跳び超えさせた。 その強襲をかわした柊に、少しだけ余裕が生まれた。 「はっ、人がそう何度も何度も同じ手に引っかかると―――」 ……なんか、学生時よりも襲撃の仕方がパワーアップしてないか? 閑話休題。 ちょっといい気になっている柊。 しかし、勝負の最中に気を抜いた者に勝利の女神は微笑まない。 ついでに言うと、今彼が戦って(無駄に足掻いて)いるのは勝利をもたらすかともかく確かに女神なわけで。 着地。 思うなよ、と柊が続けようとするのを遮り、ベホイミが言った。 「……柊さん、下下」 下?と彼が言われて足元を見ると、 そこには、今まさに効果を発揮しようと光を放つ魔法陣があった。 柊の顔から血の気が引いた。 二回の襲撃で上かと思わせておいて、本命は足元か。闇砦でも読んだのか守護者。 魔法陣の読み解きなど、バリバリの前衛職でなおかつ輝明学園の授業もまともに受けてないような人間にできるはずもないが、それでも逃げられないことはわかった。 ベホイミと柊の脳裏に、ものすごくイイ笑顔で笑う銀髪碧眼の少女が「柊さんのおバカさ~ん♪」と言っている姿が浮かんだ。絶対言ってる。あの人は絶対言ってる。 無駄な足掻きだが、最後に柊が叫んだ。 「ア……アンゼロ―――」 が、最後まで言わせてもらうこともできない。 一瞬輝きが強くなり、魔法陣―――転送陣が柊をどこか、おそらくは某宮殿へと連れ去った。 風が吹く。 残されたのは、今ウィザードから見てもかなりの高レベルの、しかしどうしようもなく馬鹿らしい攻防を目の当たりにしたベホイミだけ。 柊 蓮司―――彼がいつ実家に戻れるのかは、たぶん神さまも守護者も知らない。 まぁ、彼のことだ。どこに行ってもそれなりになんとかやっていくことだろう。 5・桃月町の日常の場合。 -重なる影- 「えー、ひいらぎやめちゃったのー?」 月曜日・夕方の喫茶エトワール。そこには今、珍しい客が来ていた。 ランドセルは背負っていないものの、喫茶店に来るには少し早い小学校高学年くらいの少女が、3人。 三つ編みの活発そうな少女、口元をノートで隠す内気そうな銀髪の少女、髪を二つに結ったそわそわしている少女の3人組。 いきなり入ってきて店長にバイトがどこにいるかを聞き、いないと言われて文句を言ったのは、三つ編みの少女――― 一条 望だ。 店長は曖昧に笑いながら頷く。 「うん、そうなんだ。ごめんね」 「なんでですか?なんか……あのお兄さん、まちがってポットとかコーヒーカップとかたくさん割っちゃったとかですか? そう尋ねるのは銀髪の内気そうな少女―――犬神 雅だ。 桃月学園にいる兄にちょっと特別な思いを抱いているブラコンの気のある少女である。 もっとも、暴走するとペガサスローリ○グクラッシュとかかますのであまり追い詰めてはならない。あと嘘もつくのもやめましょう。 雅のそんな面を知らない店長は、ううん、とジャパニーズスマイルを貼りつけたまま首を振った。 「なんでも、家に帰る旅費がないから雇ってくれっていうのが始まりでさ。 だから住み込みで働いてもらってたんだけど、旅費も溜まったし帰るってちょっと前に言われたんだよ」 「ちょっと前ってどれくらい?私たちに言わずにどっか行っちゃうなんて水くさいなぁ」 そう不満そうに言う望。 結構ご近所に受け入れられていた柊であるため、急にいなくなって寂しく思う人間は結構多かったようだ。 店長は3人にホットミルクを渡しながら答える。 「うーん、いつだったかな……木曜、だったっけ?」 「木曜で合ってるニャ。あのバカバイトが先週一杯でやめるって言い出したの」 それを肯定したのは、カウンターの上に寝そべっているバカ猫だ。 飲食店で動物飼ってもいいのか、と思わなくはないが、最近の喫茶店はリアルにペンギン飼ってるところもあるので何とかなるんだろう、たぶん。 そう言えば、いつでも他人の言うことに文句ばかりのこの猫もどきが柊が辞めると言い出した時には妙に静かだったな、と思いつつ店長はそうそう、と頷いた。 人外はこの町においての非常識の塊であり、この町で起きる非常識の事態には敏感だ。そのための妖怪専用の連絡路もある。伝書鳩とか。 だから、猫もどきも知っていた。喫茶店の短期バイトが夜に何をしていたかを。水曜の夜、何の為に何をしようとし、それを成したのかを。 だからこそ、それも彼を止めることをしようとはしなかった。桃月町の恩人にエゴを押しつけるのはやめよう、というのがこの町の妖怪の総意だったのだ。 もう、と望が不満を漏らす。 「勝手にいなくなるなんて、宮ちゃんみたいだね」 「宮ちゃんって、宮本さん?死んだって言われててそれがデマだってわかった」 そうたずねるのは残った一人、未来だ。 望と雅は柊がひったくりを捕まえる時に知り合ったため顔見知りである。 そんな彼女達が柊のことを学校で話していたところ、興味を持ったらしい彼女を連れて今日の放課後会いに行こうということになってこの喫茶店に来たわけなのだった。 この三人は桃月第三小学校の同級生だ。 そして、一時期ではあるもののレベッカが同じクラスに通ったこともあったりする。やっぱり色々あってもとの鞘、今の状態に戻っていたりするのだが。 雅がその言葉にぽつりと呟く。 「そのデマ流したの……実は望ちゃんだよね……」 「いいじゃん結局宮ちゃん生きてたんだし」 どんな弁解の仕方だ。 とはいえ、その件については雅も強く言えない。桃月学園まで行って大暴れしたことがあるからだ。もっとも、彼女が望に強くものを言えるとは思えないが。 はぁ、とため息をついて店長は遠くを見つめた。 「けど、柊くん今頃どこで何をやってるんだろうねぇ。真面目に働くいい子だったのに」 猫もどきはそれに続ける。 「結局また妙なことに巻き込まれてるに決まってるニャ。絶対そういう星の下に生まれた男よアイツは」 うんうん、と頷きながら、望も。 「あー、確かにそれなら結構想像つくかも。今頃富士山の頂上にいたりしてねー♪」 雅がいつものことながら脈絡のない発言に小首を傾げた。 「なんで富士山なの?望ちゃん……」 「ほら、ひいらぎならいてもおかしくないじゃん?ないとは思うけど」 その言いようにどんな人だったんだろう、と思う未来であった。 ……実は彼女が親愛の情を抱くドクロ仮面の相棒だった、というのは思いもよらないことだろう。 last・桃月町の魔法使い的魔法少女の日常の場合。 -HOME SWEET HOME- again 『まったく、リミッターがかかってるから壊さないように使ってくださいって言ったじゃないですかベホイミさん』 そう文句を言われた。 覚悟はしていたものの、やっぱり腹が立ったので会いに来た宇宙人ともみ合った。 大家さんがまた倒れかけた。 ともあれ、宇宙人は一つため息をついてスペアの変身リングを渡してくれた。 『ベホイミさんのことですから、やる時は容赦なく壊すだろうことは予想がつきます。 一応、技術部の人間がスペアを作っておきました。これを使ってください。あくまで間に合わせなんで、早いところこれを直してお届けしますから』 まったくもって、後始末が完璧なマスコット様だな、と思った。 「えー!?あの人ベホイミちゃんのお友達だったんですかー!?」 そう、宮田に驚かれた。 その後涙目になって延々と文句を言われ、早く紹介してくれれば宮本先生にとられることなかったのにー、と言われた。 この子に彼氏は当分先だろうなぁ、と思った。 そして、昼。 「―――というわけで、ある程度は各方面丸く収まったみたいです」 「そっか、ごくろーさん」 クラスを出て屋上に。メディアがする報告を、彼女は黙って聞いていた。 メディアがしていたのは、ブランシェリーナの処遇の話だ。彼女をこの町に住まわせるため、水面下の交渉と手続きの大半をしたのはメディアとノーチェである。 そもそも、翌日動くのに支障が出るような戦闘をこなしたベホイミと柊に関しては問題外だ。もっとも、こいつらに交渉だのができるとは思えないが。 人外側への対応をしたのがノーチェで、様々な利権絡みの調整をしたのがメディアであり、最終的に丸く収まったのは日曜の深夜のことだった。 じゃあなんであの場(焼肉屋)にいたのか気になるが、彼女にも息抜きしたい時があるのだ。そして、せっかく守った町に実感が欲しかったのもあるだろう。 メディアは、いつもの笑顔のままで答える。 「本当に。大変だったんですよ、後始末」 「わかってるよ。それで?お前は私に何をさせたいんだ」 「ベホちゃんの困ってる顔が見たいだけですよ~♪」 「お前泣かす!絶対泣かすっ!」 ……まぁ、こんなやりとりが彼女たちの日常なわけだが。 一通りの応酬を終え、メディアが問う。 「けど、ほんとによかったんですか?ベホちゃん。 あの人をこの町に住ませるなんてことして。すごく怒ってたじゃないですか」 「……この町にすねに傷持ちのウィザードが多いのはお前も知ってるだろ。それに、あんなの放っておけるか」 <交流区域>は単に妖怪と人間が共に住む場所、というわけではない。 妖怪と人間が手に手を取り合うこの町は、今はフリーになっているウィザードもまた多く滞在する。 色々と理由はある。 何らかの組織に所属していたものの、組織のリーダーが人外に対する差別主義者でベトナム戦争帰りの兵士的に嫌気がさし逃げ込んだ、人外と手をとりたい変わり者。 多くの組織が創設に関わったがゆえに、逆に誰の土地でもないことを見込んで逃げ込んだ逃走者。 人外の研究がしたいと言って滞在するマッドサイエンティスト。 ある意味、一種の緩衝地帯のような様相を呈する形になっている。 もっとも、この町に定住する場合は町長の許可がいる。 その許可を得るには、町長を含めたもともとこの町に住むウィザードによる協議委員会による面接をパスする必要があり、 それをパスしたのはベホイミ・メディアを含めて両手の数で事足りる数でしかない。 というか、町に入る場合はどんなウィザーズ・ユニオンであれ誓約書を書かなければならないという町は<交流区域>以外にないわけだが。 意外と面倒だが、もともとエミュレイターに狙われることが少ない町だ。今のところ、そう大きな問題は起きていない。 そして、ブランシェリーナに行く場所はない。 今まで知識を得るためだけに利用してきた<十輪樹形>は<黄金の蛇>の下部組織、そしてそのトップこと白髭王・ゼドはドワーフだ。彼女を受け入れるはずもない。 ならば彼女の道を折った者として、立つ場所くらいは用意してやるべきだろうというのがベホイミの言い分だった。 そんな彼女にくすりと笑って、メディアは言った。 「ベホイミちゃんは優しいですね♪」 「うるさい。黙れ」 「では、アレもお願いしますね」 そう言って彼女が指差すのは上。 アレ?と聞きながら上に視線を向ける。 そこには、落下傘で空から数多くの虫っぽい生き物が降下してきていた。 ベホイミの持つ宇宙付箋が勝手にその生き物を解説してくれる。 『パラシュートバタフライ 空から現れる侵略者。地上に取り付くと同時、眠り粉を撒き散らして地上を制圧する』 その数は、頑張れば500ちょっとまで数えられる両手でも足りないほど。微妙な数だな。 メディアが笑顔で言う。 「対空砲火ベホイミですね」 「できるかバカ―――!!」 びしっと空からのんきにふよふよ降りてくるパラシュートバタフライを指差し、ベホイミは叫んだ。 「こっちは空飛ぶ為の装備なんか持ってないってのっ!どうするんだよあんなのっ!?」 「ですよねー」 しかしメディアは笑顔を崩さない。 「でも―――負けるつもりはないんでしょ?魔法少女としては」 「……お前、それ言えばなんとかまとまると思ってないか?」 ベホイミのジト目もなんのその。メディアは笑顔で続けた。 「まぁ最初は手伝いますよ。だから、頑張ってきてくださいね」 こいつ、やっぱりキライだ。と内心思いつつ、少しばかりベホイミはメディアと距離をとる。 メディアは、その意思をくみ取ったのか両手を組み、軽く全身のバネを溜める。 いつでもいいですよー、という彼女の声に、ベホイミは彼女に向けて走り出す。 屋上の短い助走距離で、しかし彼女はギアをローから一気にトップまで持っていき、最後の一歩に足をかける。 その場所はメディアの組んだ腕の上。メディアの力とともに、その一歩をオーバートップで踏み抜いた。 落下傘降下を続けるパラシュートバタフライの一匹の背に、強烈な衝撃が加わった。 飛ぶでなく、文字通り跳んできた魔法少女が、そこにいた。変身は跳ぶ間に終わらせていたのだろう。 彼女は宣言する。 いつものとおり、この町を脅かすものに対して。 私がいる限り、お前らの好きにはさせないと。 知らしめるように、名を名乗る。 「魔法少女 ベホイミ」 それが、お前らを倒す者であり―――この町を守る者の名だ、と。 これが彼らの日常。 非日常を経てなお、変わらぬ強い彼らの日常。 だからこそ、彼らは非日常を駆け抜け続ける。 ―――この輝かしい毎日と、自分もまた、共にあるために。 end ← Prev Next →
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game0925 (1)プログラム http //www15.atwiki.jp/ce00582/pages/3915.html (2)コメント http //www.java3d.org/appearance.html (3)リンク JAVA3D (4)作業記録 3月4日 ページ作成
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空を飛ぶ刃を落とし、それが動かないことを確認して。 侵魔はもう一人の敵に向けて首を動かした。 仲間を目の前で墜とされた少女は、しかし。 巨体に対する怒りの目ではなく。 墜ちた仲間を心配する目ではなく。 次はわが身という恐怖の目でもなく。 ―――ただ不可解なものに対する苛立ちを宿した目で、侵魔を睨んでいた。 「……わからんな。 侵魔、お前の作ったシステムは実に巧妙だ。 なにせこのワタシですら、昨日そこの小僧とお前が一緒にいるところを見なければ侵魔の仕業だなどとは思わなかったほど。 この魔法使いの多い世界において、カードを念入りに分析しない限りその機能を発見できなかったほどだ。 それほどのシステムを構築しておきながら、お前のやることは実に単純。むしろ、単純に過ぎる。 確かに『想像の殻』による形成速度は速い。雑魚を配置するには便利な方法だ。 だが―――何故、侵魔としての特性すら捨ててそれを行う? それほどのプラーナがあれば、魔の王の一角を狙うこととて可能なはずだ。侵魔としての魔法の力も能力も捨て、なぜお前はその姿をとり続ける?」 純粋な疑問。 それはこれまで侵魔や冥魔と呼ばれる侵略者たちと長い時争った者が放つ、不可解に対する問いかけだった。 彼女の、答える者がいなければ間の抜けた光景に映るだろう問いかけに、これまで一言たりと声を発さなかった侵魔が答えた。 「簡単ナコトダ、ウィザード。 ドノヨウナ生物モ、最モ純粋ニ強イノハ本能ノママニ生キテイル状態ダ。 必要ナダケノしすてむヲ構築シタ後、余分ナ知能ヤ知性ヲ捨テ、ソノしすてむニ沿ウ行動ヲ取ッテイルダケノコト」 「つまり、お前は過去に作ったシステムに従って後の行動をとっている、と? お前にとって、そのシステムはお前の能力を全て捨ててもいいほど自信を持っているものだというのか?」 そう尋ねた彼女は、やはり不可解そうに。 彼女にとってはその侵魔の生き方は理解の及ばぬものであり、その不可解を解消しておきたかったのだ。 侵魔はカカカ、と嗤い、答えた。 「ウィザード。貴様ハ、『刻むもの』トイウ我ガ同胞ヲ知ッテイルカ?」 「『刻むもの』……昨年の初夏に消された、本に擬態した侵魔だったか。ソレがどうかしたか?」 「ヤツトハ昔、魔導ノ腕ヲ競イ、共ニ高メアッタ仲デナ。 『刻むもの』ハ、見事ナしすてむを作リ上ゲタ。膨大ナ魔術式ヲ圧縮スル特殊ナ『本』ヲ完成シタノダヨ」 『刻むもの』。 それは、輝明学園の秋葉原分校に封印されていた、宿主を選び、その心を掌握し、世界を変革するほどの強力な魔法を可能とした力を持った『魔本』の侵魔。 世界の危機となりかけたその事態は、輝明学園にいた学生を中心とするウィザードたちの手によって『刻むもの』が消滅させられて終わった。 ゲシュペンストは、侵魔の言葉を聞いてほう? と少し好奇心をそそられたように眉を寄せ、尋ねた。 「かつての同胞の正しさを証明するため、あえて同じやり方でより強力な方法を構築して世界に挑戦しよう、とでも?」 彼女の言葉に、侵魔は一拍沈黙し。 「―――カ。カカカ。カカカカカカカカカカカカカカカカっ!!」 ―――嘲け嗤った。 「カカカカカ! 貴様、正気カウィザードっ!? コノ数十年、コレホド愉快ナ言葉ヲ聞イタコトハナイっ! 我ハ有用ナしすてむヲ有効活用シテヤッテイルダケダ。正シイカドウカナド関係ナイ、使エルカラ使ウ、ソレダケノコト。 貴様ハ本当ニ侵魔ニ『情』ナドトイウモノガアルト信ジテイタノカ? クダラン」 笑い声は続く。 月匣中にその声は広がり、反響し、轟き―――それが、唐突に止む。 巨体が左の肩をぶん、と振る。するとプラーナが大量に噴き上がり、プラーナが腕を形成しなおした。 侵魔はゲシュペンストに向けて、告げる。 「終ワリダ、ウィザード。 コノ月匣ニハ今貴様ト我シカ存在シナイ。紙ノヨウナ貴様デハ、コノ我……『模るもの(かたどるもの)』ガ一撃ヲ阻ムコトハカナワン。 ――― 先ホド笑ワセテクレタ礼ダ。死出ノ旅ノ前ニ、言イタイコトハ全テ言イ捨テテ逝ケ」 嘲笑う声。 それを聞いて、ようやく合点がいったのか。 ゲシュペンストはいつもの通りの底意地の悪い不敵な笑みを浮かべ、侵魔に向けて言った。 「寛大なことだ。 では、遠慮なく3つほど言い捨てさせてもらおうか」 翼の付いた白い杖―――ヘルメスの杖を肩に乗せ、彼女は侵魔に向けていつものように見下すように告げる。 「1つ目。 貴様は先ほど『生物は本能のままが最も強い』と言ったが……そんなわけがなかろう、戯(たわ)け。 この世界の生態系の中で、環境に自然と適応する力もなければ爪も牙も毛すらも飾り物の人間が頂点に立てるのは何故か考えたこともないのか? 人間という生物は、小賢しく考えるからこそ頂点に立っているのだ。 勝てぬならば、勝つための道具や方策を用意する。その精神は、常に諦めを捨て最善を選ぼうとする心から生まれる。 過去に作ったシステムに頼り、状況への適応を忘れて楽な方に逃げた貴様にはわからんかもしれんがな」 自信の揺るがない彼女を見て、侵魔は少しいぶかしむ。 ゲシュペンストの声は朗々と続く。 「2つ。 『侵魔に情など存在しない』と、先ほどお前は言っていたな。 ワタシも同意見だ。お前たちに情など存在しないと、今でもワタシは信じている。 ―――だがな。 『情』というものを目覚めさせてしまったイカレた魔王が存在したことも、ワタシは知っている。 奇跡、なんて軽いことを言うつもりはない。侵魔狩りをやめるつもりもない。 侵魔を山と狩ってきた人間が実に今さらだがな。ワタシとしても、そんな『例外』についてどう接していくべきなのか、模索しているところだ」 彼女は、少しだけ誇らしげにそう言った。 この世界に来る前に、人間と魔王の起こした『奇跡』を彼女に見せつける事件があった。 ゲシュペンストよりも遥かに年下の彼らが起こした奇跡は、一人の魔王に『情を得たい』と思わせたこと。 彼女と同じくらい永きを生きた不変の者であるはずの『魔王』の心を、変えてしまったという事実。 だからこそ、ゲシュペンストは『模るもの』の言葉を否定する。 お前ごときが『彼』の生き様を否定するのか、という少しの嫌味を込めて。 『模るもの』は、平坦な声で告げた。 「言イタイコトハ、ソレダケカ」 「阿呆、3つ言い捨てると言っただろう。 最後の1つ。これが、お前にとっては一番大きな情報なのだろうがな。 ―――お前は、さっき叩き落した男があの程度で諦める人間だとでも思っているのか?」 彼女の楽しそうな言葉と同時。 どつり、と。 硬質な地面に、より硬いもの突き立てられる音が響いた。 それは、重厚な刃。 2mの鉄塊にして、魔を引き裂く剣。 相棒に手をかけたまま、その主はゆらりと立ち上がり、血の混じった唾を吐きだした。 額から流れ落ちる血を邪魔だとばかりに袖でぬぐう。 呼吸は吐息に音が重なっており、激痛によるものなのだろう脂汗が流れる。 他にも、先ほどの衝撃によって無事なところを見つける方が難しい有様。 しかし眼差しだけは変わらぬ、壮絶なまでに鋭く。 刃の如くに敵を貫抜く。 その姿に、『模るもの』は疑問を抱いた。 『適応』に必要性を感じることをやめ、状況を見ることなくただシステムに沿うことのみをその意義としていた彼が、泥となって始めて感じた『疑問』だった。 「ナンダ、貴様ハ? アノ一撃を受ケテ、ナゼ立チ上ガロウトスル? 痛ミト苦シミニ支配サレ、寝テイタ方ガ楽ダッタハズダ」 それに柊は答えない。 答える力が残っているなら、目の前の敵を打倒することに費やすと言わんばかりに。ただ巨体を睨む。 だから、それに答えたのは後ろに立つゲシュペンストだった。 「そうだな、その通りだ。 その小僧もその程度のことはわかっているだろうさ。 だがな―――ここでお前を見逃して起こることを、そいつは正確に理解している。 それゆえに見逃せんのだ。 知っている誰かが。まだ知らぬ誰かが。お前を逃がせば、傷つくことがわかってしまったのだから」 答えた彼女の単純な答えに、『模るもの』が戸惑ったような声色になる。 「ナンダソレハ。ソンナコトデ……」 「そんなこと、か。 なるほど、その馬鹿の名を知らぬとは珍しい侵魔だな。 ふむ。『適応』を捨てた、ということは他と関わらんということでもあるか」 暢気に彼女がそう言って、壮絶に楽しそうな笑みを浮かべた。 「―――見せてやれ、魔剣使い。 そこの身の程知らずの『世界の敵』に。『天敵』たるお前の力を―――っ!」 「お前が仕切るなよ」 しゃらり、しゃらりと。 硬質なもの同士がこすれる音が響く。 1つ。2つ。3つ4つ5つ6つ7891020501001000――――――いや、数え切れぬほどの硬質な音。 その音は頭上、『模るもの』よりもさらに高く。彼でさえも上を見なければ見えぬほどの高みより。 まさに上空と呼ぶ他ない高み。紅い空を、強く輝く赤い光の群れが埋め尽くす。 透明な刃。刃刃刃刃刃の群れ。 色のない、現実感のない、そこに在るということすら信じられなくなりそうな、結晶から削りだしたような刃。 同じ、夕焼け色の赤い宝玉を宿すそれらは、狙いすましたように剣先を『模るもの』に向けている。 「――― 来いっ!」 柊が。一にして全、違いながらも同じ、ありとあらゆる世界に時を同じくして存在する『相棒』に向けて、告げた。 たった一人の主の声に応え、『彼』を担い手とする刃たちが。 己の使命を果たすべく、その声に応えるべく、ただ1つの敵に向けて。雨の如くに轟々と降り注ぐ。 その刃の群れに気づいた侵魔は、駆け抜ける本能的な危機の予感に思わず全身をおののかせた。 プラーナの壁を作り、降る魔刃の群れを阻もうとしたその時。 「ワタシを忘れるとは何事だ、侵魔。 神威を持って神意を知るがいい―――<デッドエンド、クエイク>っ!」 白い杖の翼の付け根に飾られた白蛇を伝うように、ゲシュペンストのプラーナが杖に吸い込まれる。 翼の隅々までを、可能性の力が満たし輝く。 同時。 通常ならばゲシュペンストの今の宿主、子ノ日葵の体では使用できないはずの量の魔力が、その体に満ち満ちる。 杖で指すのはもちろん侵魔。狙う必要すらないほどに巨大なその体。 その膨大な魔力と、杖の能力によって生まれるのは大地の脈動にして怒り。 隆起、振動、埋没。 巨体は大地にその足をつけている。たった二点で固定している巨大な質量が、安定を欠く地では姿勢の維持もままならない。 巻き上げられた岩塊が巨体をしたたかに撃ちつける。 慌てて全身にプラーナの壁をそそり立たせる。 しかし、いくら無尽蔵のプラーナを誇るとは言っても、放出できるのは侵魔そのものの能力の分のみ。 上から降り来る幻晶の刃の群れ。 足下を揺さぶる地面の脈動。 上下2面からの切り札級の攻めに、『模るもの』のプラーナ開放力では完璧に防ぐほどの壁が作り出せない。 黄昏の色を宿した幻の刃たちが頭を貫き、胸を切り裂き、指を落とし、関節を撃ち抜く。 大地の脈動に跳ね上がる岩石の塊が胴を打ち抜き、足を砕き、姿勢を崩して、刃を跳ね返す。 多くの攻撃はプラーナの壁が打ち払うものの、それすらすり抜けた岩石と刃が『模るもの』を襲った。 ぎちぎち、と。 『模るもの』の内を刃と岩石、そして先ほど受けた燐毒が渾然となって襲う。 歯車が上手く回らない。 痛みが思考を遅らせる。 プラーナでは弾くことのできない体の内の痛み。 だが、まだ生きている。相手は満身創痍で力を使い切った無力な人間と、近寄ってしまえば一撃で殺せる小娘。 彼は勝利を確信する。 どちらにせよ、生き残った方の勝ちなのだ。 殺して、死体にしたあと今までの礼をきちんと返し、その後大量に消費したプラーナを多少なりとも回収する。 そのために、『模るもの』が隆起したままの地面を打ち崩し、前進したその時。 ―――4度目の強襲のため、ウィッチブレードを駆った柊が刃を振るえる位置まで飛んできていたのを感じ取った。 切り札を切った後。 しかもその切り札を切らなければ攻撃が通らないのは知っているはずの柊は、それでも突貫を敢行した。 彼の行動を理解できないながらも、好都合と『模るもの』は考える。 相手はただの死に損ないだ、あと一撃でも入れれば生死の確定する状況で飛び込んできたのだから、一撃を受けきった後反撃でトドメをさせばいい。 その一撃を受け止めるため。彼は変わらずプラーナを壁のごとくに放出した。 柊は、これまで自身の刃を完璧に防いできた壁が展開されるのを視認して、なお速度を落とすことなく月衣を踏みしめ。 加速の勢いのままに、これまで幾多の戦場を共に渡ってきた、唯一無二の魔剣(あいぼう)を振り下ろす。 足りない。 プラーナの壁に受け止められている。 当然だ。これまで止められ続けたのと同じ攻撃が通るはずもない。ならば。 先の三撃で使い切ったエネルギーブースターを廃棄。月衣から落とすように新しいブースターを装填。通常なら三回に分割して使用するエネルギーを三連装填、全開放。 ウィッチブレードの加える圧力が爆発的に増幅した。しかし、壁を突き破るには至らない。 近くて遠い距離。この壁さえ越えれば、一撃を叩き込むことができる。 負けない。負けられない。だったら――― (―――まだ使えるもん全部突っこんででも、この壁ぶち抜くだけだ!) 覚悟を決める。 残るプラーナを全て刃に宿す。相棒に残り少ない力を奪ってしまえるだけ奪うように頼む。そして。 開放。 二段階目の爆発的な加圧。 風がうなり、命を食らい、意思の力を宿した刃は。 ―――鉄壁を誇った『模るもの』唯一の能力であるプラーナの壁を、真正面から破り裂いた。 鉄壁を打ち破ったことに、知らず心が高揚する。 二段階の加圧で加速し続けるウィッチブレードが『模るもの』に触れる一瞬前。 相棒に向け、一言だけ呟く。 「―――解放っ!」 封印を解く。 魔剣が三段階目の加速を果たして。 爆発的なまでの威力によって、10mの巨体を脳天から真っ二つに叩き斬って断末魔すら消し飛ばしながら消滅させ。 ―――侵魔が体に溜め込んでいたプラーナを全て解放して、紅い月匣が砕け散った。 それが、この度の『世界の敵』の起こした事件の顛末だった。 *** 「……まったく、世話の焼ける」 半眼で、ゲシュペンストは自身に残る少ない魔力を用いて、仰向けに転がっている柊に向けて杖を振るっていた。 魔剣使いはただでさえ魔剣に力を食わせながら戦う。 今回はその上プラーナは使いきり、魔力は使い切り、ダンプカーのような一撃をほぼ抵抗も出来ずに受け、最後に残る力を食えるだけ食わせたのだ。 少し寝たくらいではさすがに治りきらない。 最低限立って自分で医者のところに行く程度の体力は確保したい、と頼まれたゲシュペンストは、得意ではないものの一応保険のために覚えた回復魔法を発動させた。 「<ヒール>」 確かに発動した回復魔法が、暖かな波動を伴って頭の傷を癒し、体力を微量回復させる。 血の止まった頭の傷を2、3度軽く叩いて確認。 よっこいしょ、と言いながら柊は立ち上がる。 「ありがとうな。助かったぜ、葵」 「ワタシは子ノ日葵ではない。ゲシュペンストだ、と何度言えばわかるのだお前は」 少しイライラしたように、ゲシュペンスト。 細かいこと気にする奴だな、と呆れたように柊は言う。 「お前が葵じゃない葵だってのは知ってるよ。 けど長いだろ、ゲシュペンストって。すげー呼びにくい」 「ひ、人が昔から気にしていることを……。 えぇいっ。呼びにくいなら呼びにくいで、呼びやすくするとか色々あるだろう!?」 言われてあだ名をつけるというのはアリか、と考えた柊はしばらく考えて、言ってみた。 「ゲシュ子、とか?」 「……よし。今魔装を<アースハンマー>に取り替えたところだ。 かちこん、といくかかちこんと」 ヘルメスの杖を変形させ、大きな魔法陣を発生させて2、3度素振りする彼女を見て、さすがに手で制する。 「忘れろ、むしろ忘れてくださいすいませんでした。 つーか冗談だって。お前だってせっかく回復させた奴を自分で殴るなんて無駄したくないだろ?」 「無駄をさせているのはどこのどいつだ。 まったく付き合いきれん。よく考えれば、お前がワタシをどう呼ぼうがワタシにとっては本当にどうでもいいことだったな」 「じゃあ別にいいじゃねぇか、葵で」 そう言われては彼女としても反論がし辛い。 しばらく不機嫌そうな表情をしながら、彼女はふん、と鼻を鳴らした。 「……では、それで構わん。 ワタシの仕事は世界を守ること。お前の仕事はこの世界の住人を守ることだ。そこの小僧のことは任せるぞ」 「おう。―――ありがとうな、助かった」 「言ったはずだ、ワタシの仕事は世界を守ること。 お前流に言うのなら、自分の仕事をして礼を言われる筋合いはない、と言ったところか」 「手伝ってやる、って言ったのはお前だろ?」 そう言われたゲシュペンストは、くるりと背を向けて。 「―――さて、忘れたな。 そんなことよりも、さっさと病院に行って来い阿呆。明日の仕事に差し支えるぞ」 白い月の光が差し込む路地裏の袋小路から、スタスタと去っていった。 その姿が見えなくなるまで待った後。 柊は静かになった夜を、ぐったりしたままの少年を抱えてウィッチブレードで飛び上がった。 *** 「もう、気をつけろよなー」 「最近元気ないから心配してたんだぜ?」 「お前にさ、紹介したい奴がいるんだっ! きっと気に入ると思う!」 真っ白な病室にやってきたのは、友人たちだった。 昨日、放課後下校した時からの記憶がさっぱりないまま、気がついたら病院にいたという僕。 そんな話をどこからか聞きつけたらしい彼らは、昼休みで忙しいにも関わらず転送陣を使ってまで来てくれたらしい。 なんだか久しぶりに話す彼らの声が、やけに懐かしいもののように感じて。 どうしようもなく涙がこみ上げて、からかわれたりもした。 「けど、思ったよりも元気そうじゃねぇか。 昨日まではなんか付き合い悪かったから、俺はもうお前に彼女でもできたのかと」 「ぼ、ぼぼぼぼ僕に彼女とかできるわけないじゃないかっ!?」 「うるせーよっ! バレンタインに何ももらえなかった俺の気持ちがわかるのかコノヤロー」 「そうだコノヤロー。チロルチョコでももらえただけありがたいと思いやがれ」 「あ、あれ従姉妹! 従姉妹がくれたヤツだって言ってるじゃないかっ!」 そんないつもどおりの日常が回っていることにホッとしながら、友だちの一人が心配そうに聞いてくる。 「けど、大丈夫なのか? 居住区近くで倒れてたのを拾ってくれた人が一番近い病院に運んでくれたって聞いてるけど、ケガとかしてないのか?」 「あ、うん。ケガはないみたい」 「でもなんでそんなとこにいたとか、なにも覚えてないんだろー? それって立派な記憶障害ってヤツじゃねーのか」 心配そうに、違う友だち。 僕は、せっかく来てくれた友だちが安心できるように笑った。 誰かのために笑える僕が、なんだか嬉しいとなぜか思いながら。 「とりあえず心配だから三日くらいはお休みだってさ。検査入院、ってやつ? そんなわけなんでその間のノートよろしく」 「任せろ。1教科につきパン一個な」 「う……頑張る」 「じょーだんだよっ! ところで、本当になんでお前あんなまったく学校と関係ない居住区なんかにいたんだよ。 何にも覚えてないんだろーけど、危ないとこにわざわざ行くの止めろよな」 ゴメン、と言いながら―――僕は1つだけ覚えていることを思い浮かべる。 白。 正確には、なんだか鈍い銀色染みた白い色。 それが、何故か心に焼き付いていて。 ―――僕は、今ならこの世界で頑張っていけるような気がしていた。 *** 「……以上が報告です。我が主よ」 ゲシュペンストは、県立北高校の図書館で事件の報告を行っていた。 彼女が主と呼ぶ娘―――北高の制服を着て、本のページをめくる長い黒髪の少女は、いつものように小さく微笑みながら、そうですか、と呟いた。 少女―――北高で『群田 理生』と名乗っている彼女は、ゲシュペンストにとって主と仰ぐ人物だ。 今回、ゲシュペンストが『模るもの』を追いかけていたのは彼女の命でもある。 一番はじめに、彼女の命を受けたのはある少年に憑いた侵魔が『世界の敵』となるので早く見つけるように、ということであった。 一昨日ようやく少年を発見して追いかけようとしたら、カードをコアに月匣を張られて逃げられてしまい、柊と鉢合わせて一悶着起き。 それを昨日報告したら、『この件に柊蓮司が介入してくることと、貴方がこの件を解決する一人であることは、この書物に書いてある通り』と言われ。 最初から言って欲しいなー、と思っていたら『今の私はこの本の力を1セッション3回までしか使えないのです』と笑顔で答えられて反論を防がれた。 閑話休題。 ともあれ、理生はめくっていた本を閉じてゲシュペンストに向き直る。 「ご苦労様でした、ゲシュペンスト。これで私の望みもかなうことでしょう」 「礼には及びません。ワタシが貴女様の命を聞くのはごく自然なこと、疑いを差し挟む余地もありません」 「あらあら……これまで作った 貸し(オラクル)を少しでも安くしておこうという魂胆かと思っていましたが」 「と、とーんでもないっ! このワタシがそんなことを考えるようにみみみ見えるのですかっ!?」 もの凄く取り乱すゲシュペンストを楽しげに眺めながら、理生はいつもと変わらぬアルカイックスマイルで答える。 「えぇ。これで、またしばらくこの世界に留まれる時間が増えました」 そう告げた彼女に、ゲシュペンストは僭越ながら、と自身の抱いた疑問をぶつけてみた。 「我が主よ、貴女様は―――この世界を、気に入っておられるので?」 「あらあら。少しおしゃべりが過ぎたようですね」 いつもと変わらぬ笑みのまま、彼女は新しい本に手を出しながらゲシュペンストを見た。 「ゲシュペンスト、我が僕よ。此度はお疲れ様でした。 また何かありましたら、貴女を頼らせていただくこととしましょう。今は退がりなさい」 そう言われては、かしこまりましたという他はない。 ゲシュペンストは目を閉じると、子ノ日葵に体を明け渡す。 再び目を開けた時、彼女はすでに『子ノ日 葵』だった。 理生は、いつもの通りの笑みを浮かべながら葵に向けて挨拶した。 「おはようございます、子ノ日 葵さん。よく眠れましたか?」 「へっ!? あ、お、おはようございます群田さん……ですよね?」 はい、と答えた理生に、慌てて葵は周囲を見回した。 そんな彼女を微笑ましげに見ると、理生は告げた。 「ここは北高の図書室ですよ。昨日と同じ」 「え。わ、わわ私また知らないうちに知らない学校にお邪魔を……っ!?」 「……そのようですね」 「な、な、なんで―――」 「図書室で騒ぐのはご法度ですよ?」 言われ、口に手を当てて静かにする葵を見て、あら、と理生は時計を見て言った。 「子ノ日さん、そろそろ学校に戻らないと授業に遅れてしまいますよ?」 「あっ、群田さんありがとうございますっ、じゃあ私はこれでっ!」 静かに、しかし慌てだしく駆けていく彼女をじっと見て。 理生もまた授業のために本を片付け、今日は放課後に何が起きるのか、心躍らせながら席を立った。 *** 「幸運の宝石、でありますか?」 昼前の執行部室。 ノーチェと二人だと若干広い部屋を持て余し気味に、柊がたずねた。 「あぁ。予備とかストックとか、そーゆーの持ってねぇか?」 「つまり昨日使った、と?」 「昨日とは一言も言ってねぇぞ」 「何言ってるでありますか。 不安要素は意外ときちんと減らすタイプの蓮司が、生命線になりかねない幸運の宝石をなくしたままでぼーっとしてるとは思えないでありますよ」 柊が幸運の宝石を失ったのは、事実昨日のことだ。 魔剣でロケットパンチを逸らした際、あの石の力を借りてそれを成功させたのだ。 あれをそのまま受けていたら、最後にプラーナの壁をぶち破るための力が足りていなかったかもしれない。 今思い返しても冷や汗ものである。 そんな、昨日の一連の(命の)やり取りを思い返していると、ノーチェが首を傾げた。 「でも、昨日はわたくしの知ってる限りそんなこと言ってなかったでありますから、わたくしがいなくなってからそんな事があったのでありますか?」 「別にいいだろ。持ってるか持ってないか答えろって」 「残念ながら持ってないでありますよー。 あ、でも確か開発部の、天明の妹の光明が安く試作品扱ってたであります」 「……試作品ってあたりが怖い上に、開発部ってあたりがさらに不安を煽るんだが」 「光明は優れた技術者でありますよ。って、宗介が言ってたであります」 「相良は~であります、とは言わないだろ、お前相手には」 階級的に絶滅社のヒラ傭兵相手に軍曹が軍隊式敬語もどきは使わない。 ともあれ、安値で高い効果を発揮する可能性もある。聞いてみる分にはタダだろう。 珍しく戸を開けて外に向かう柊に、ノーチェが尋ねる。 「お出かけでありますかー?」 「今いいこと聞いたからな、開発部まで行って来るわ」 「お土産はもちもちぷりんでよろしくでありますよ」 「買わねぇよっ!?」 ぱたん、と戸が閉まるのを確認し、ノーチェは急須に手馴れた様子でポットのお湯を注いで、湯呑みにお茶を入れ、一口。 ほっと一息つきながら、彼女はぺちぺち、と水晶球を叩く。 「―――まったく。ある程度の事象なら、すぐに調べがつくのでありますのに。 でもまぁ……わたくしとしてはお礼を言っておくところなのでありましょうな」 事実、昨日の久しぶりの飲み会はすごく楽しかったノーチェとしては、柊から昨日の提出書類を任されている長門に連絡をとって書類書きを代行して。 今日の出動優先順位を、できるだけ柊を外した面子でできるように考えることで恩返しをするために頭を働かせることを決めて。 「今日も、頑張るでありますかなっ!」 人と人が繋がって。 笑って。話して。 そんな世界を守ろうと、そんな世界を続けていこうと考えている人は、案外いて。 その青い願いが続く限り、この世界は回り続ける。 さまざまな思惑と、たくさんの笑顔を乗せたまま。今日も回る。 fin ← Prev Next →
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ウィザード・ハイウィザードの特長(かなり暫定) 敵を牽制するSGに多種多様な殲滅魔法。 PT戦をする上でのアタッカーであり、ディフェンスの要。 ただしHP係数が低いので死にやすいし、狙われやすい職でもある。 考察予定(現在まとめ中) Wiz系について俺はこう思う。とか、こうしてる! などの意見を募集しております。 PT戦での気をつけていることや、対職業別でも構いません。 よろしければ、メールフォームより投稿してください。
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拝啓 遠い昔にお空の向こうに行ってしまったご先祖様。 わたくしも色々な場所に行った経験があるのでありますが、こんな事態は初めてでどうしたらいいかわかりません。 「お前、初めて見る」 「わ、わたくしもあなたに会うのははじめてであります。初めて同士でありますな」 「……可愛い」 「はい?」 「可愛い子、抱きしめる。私も幸せ。キュウ」 「いえいやあのキュウって、ちょっと待ってほしいでありますよーっ!?」 ここがどこなのかを確認する間もなく、意外と大きな胸に挟まれて窒息しかけているこの状況を何とかする方法を、今すぐわたくしに届けてください。電波で。 *** 「吸血鬼。ヴァンパイア。カインの使徒。 呼び方なんてどうでもいいがネ、そういうものがいるとするなラ、彼らは非常に可哀想な生き物だと思わないかネ?」 誰にともなくそう語るのは、『東の狂人』。 彼はいつもと変わらない含みのある笑顔を浮かべながら、言葉を続ける。 「ニンニクが食べられないかラ、太陽が浴びられないかラ、十字架に触れば死んでしまうかラ。 どれも違うヨ。彼らには最大にして最悪の弱点が存在すル」 血のように赤いフルボディの注がれたグラスをくるりと回し、言葉は続く。 「それは『人間がいなければ生きていけない』という点サ。 彼らは自分達がエサとする人間の血がなければ生きていけなイ。生まれてから死ぬまデ、一定期間にエサの血を摂取しなければ生きることすらかなわなイ。 その生き方ハ、まるで先天性の重病を背負った人間が一生薬を飲まなければならないのと変わらなイ。 そんな状態で不老不死なんて与えられたラ、私ならすぐにでも太陽を浴びて死にたくなるところだと言いたいネ!」 クツクツとした笑い声。 まるで、今までの自分の発言が全て笑い飛ばせる戯言である、とでも言うように。 「もっとモ、今回の『吸血鬼』は本当に人間の血を必要としているようには見えないんだがネ」 *** 「これで17人目なんだってなー、まったく何やってんだよ。 この島は平和な時は退屈で人が殺せるくらいに平和だっつーのに、平和じゃない時は人が死に続けるくらい平和じゃねーってぇのな! 色々とあだ名持ってる連中は多いが、今度の『吸血鬼』クンはまた派手なデビューを飾ってんなぁ。 つーかむしろあだ名しかないのってジョップリンのヤツくらいだと思ってたが、『吸血鬼』の野郎はアレと並ぶことでも考えてんのかね? ヒャハハハハハハ! どう思うよ、クズ!」 「『吸血鬼』が男か女かもわかってないわけだがな」 白いワゴンにもたれかかった金髪女と、がっしりとした男がそんな会話をしていた。 金髪の女は、この島唯一の「DJ」。 そんな彼女と話している男は「自警団の番犬」。 彼らが話をしているのは、この『島』で最近起きている連続殺人のことについてだ。 金髪の女が、クズと呼んだ番犬に、やはり笑いながら話しかける。 「なんだ? クズは『吸血鬼』が女な方がいいってか? ヒハハ、この真性マゾ野郎。そういうこと言ってっと毛布ん中で噛みつくぜ」 「……まだ陽も高いうちから何を言ってる」 「しかしアレだな、『吸血鬼』ってヤツは風情がねぇな。 そもそも吸っただけで殺しちまうくらい大量に血を奪うなんざ、よっぽど腹ペコなのかね! その空きっ腹に大量のニンニクぶち込んでやったら死ぬのかねあぁいう連中は?」 そんな、女の意味のない問いに、男は本当にどうでもよさげに答える。 「さあな。どっちにしろ、俺のやることは一つしかない」 「ヒャハハハハハハ! それもそうだ、お前みたいなクズ野郎にできることなんざ一つしかないってのな!」 男の言葉に、女は心底楽しげに笑った。 *** おかしな『島』の中にある、おかしな連中の集まるラーメン屋。 そこには今、虹色の頭の男と銀髪のゴスロリ少女が隣の席でラーメンをすすっていた。 「な、竹さんのラーメンは絶品だろ?」 「隼人の言ったとおりでありますなっ! ニンニクラーメンチャーシュー抜きがこんなにおいしいものだとは……!」 「戌井、今すぐその子にチャーシュー返せ。でなきゃ出てけ」 「ひでぇ! 俺今日は支払いの時に今までのツケ一緒に払おうと思ってたのに!」 「ツケだけ置いてさっさと出てけ」 「さらに容赦なくなった!」 困ったね、と言わんばかりにぺちんと虹色頭の男は自分の額を叩く。 そんな彼から目線を外し、このラーメン屋の店主・通称竹さんが迷惑な常連客の連れてきた少女に話しかける。 「にしても、見ない顔だな。お前さん最近この島に来たのか?」 「初めてお目にかかるでありますよ。わたくしノーチェと申す者であります。 今は西と東の境目で、日がな一日占い師やって生計立ててるのでありますよ」 戌井に奪われたチャーシューを返してもらいながらノーチェが言った言葉に、竹さんは眉をしかめる。 「占い師ねぇ……病院といい占い師といい、ここ最近これまで『島』になかった職業が増えてくな。 どっちも生計立てられるような仕事なのか? 特にお前さんはトロそうだからな、売り上げを襲われそうな気がするんだが」 「病院のことはよくわからないでありますが、わたくしこれでも逃げ足には自信がありましてな。 今日は、隼人が占いしたお礼にいいところに連れていってくれると言ったのでついてきたのでありますよ」 「いや、それはダメだろう」 「俺もそう思う」 「隼人までっ!?」 *** 東区画、ある路地裏。 死体の発見報告を聞いて、スペイン系の伊達男とプロレスラーのような体格のつり目の大男―――『東の護衛部隊』のうちの2人が現場に到着していた。 ふむ、と色男が死体を見て一言。 「俺、男の死体をじっくり見る趣味はないんだけど」 「そんな奴がいるなら目の前からフランケンシュタイナーで消してやる」 「ゲ。あんなアクロバティックな技もできんの?」 「お前の体で試してやろうか?」 「冗談。お前の太ももに挟まれるくらいなら頭ブチ抜いて死んだ方がマシだ」 もちろん、愛すべき女の子がしてくれるなら俺はどんなことでも受け入れるけどね、と色男。 そんな軽口に苛立たしげに舌打ちしながら、大男が死体の首筋を覗き込む。 そこにあるのは二つの小さな傷跡。 それは、ここ最近島内で起きている連続殺人で殺された死体たちと同じ特徴だ。 首筋に二つの小さな傷跡、そして体のほとんどの血液が奪われるという殺され方。 日常的に人の死ぬこの島において、その死に方は非常に珍しい―――というよりも、ほぼ見られない死に方だ。 銃で撃たれた死体、刃物で切られた死体、鈍器で潰された死体、関節がねじくれた死体、薬漬けの死体などは珍しくないが、血が抜き取られた死体などそうはない。 まるで殺すのが目的よりも、別の目的があって結果的に死んでしまった、というような。 だからこそ、この事件の犯人は『吸血鬼』というあだ名で呼ばれているのだった。 「確かに『吸血鬼』ヤロウの仕業みたいだな。 ―――見てて気持ちのいいモンでもねぇ、さっさと死体処理屋に任せるか」 「オイオイ、死体処理屋じゃなくて医者だろ?」 「ウチの隊長に初対面で『ナースなメイド服着てわたしの天使になってくれないか』とか言う性格破綻者は医者とは言わねぇ」 言いながら、彼はその性格破綻者に向けて連絡をとるために携帯を取り出した。 *** 「つまりですね、事件なわけですよ!」 「……はぁ」 ノーチェは、いきなり彼女の出している店の前までやって来てそう宣言した少女に面食らった。 少女の顔はかなり整っており、可愛らしい、と言っても差し支えない。その隣にいる顔の似た少年は頭を抱えている。 その2人をじっくりと見比べた後、ノーチェは少女の方に顔を向けて尋ね返す。 「で、何が事件なんでありますか?」 「何を言っているんです。今この島で一番の話題と言えば『吸血鬼』の事件に決まってるじゃありませんか!」 「えぇと……それで、その事件がどうかしたのでありますか?」 当然と言えば当然のその質問に、少女―――シャーロットは答えた。 「吸血鬼と言えば不思議! 魔法とかそんな感じの生き物でニンニクとか十字架とか太陽がダメなはずです! えぇと、そんなわけで占い師とかいう不思議な職業をしてるあなたは吸血鬼なはずで太陽が苦手ですよね!?」 「姉さん、今真昼なんだけど……」 「お日様燦々でありますなー」 沈黙。 「え、えぇっと……そう! ニンニク、ニンニクはお嫌いですよねっ!?」 「この間、ラーメン屋さんでニンニクラーメンチャーシュー抜きを食べてましたよね?」 「あぁ、あそこのラーメンおいしいでありますな」 さらに沈黙。 「ふ、ふふふふふ。いいでしょうこれは私への挑戦と受け取りました! いつか必ずあなたが吸血鬼であると証明してみせましょう、私の名にかけて!」 「姉さん、また何か変なものに影響されたね……?」 そして去っていく姉弟を見ながら、一人取り残されたノーチェは呟いた。 「うーん……凄い方でありましたなぁ。わたくしも気をつけねば」 *** 西区画、幹部の私室。 「―――『吸血鬼』については、何かわかった?」 「すまない」 自身の「影」である「忠犬」にそう告げた彼女は、しかし彼から望んでいた答えを返してもらえずに少し不満げに眉を寄せる。 「太飛からも情報が得られないというのは、流石に異常な事態ね。 何か見落としていることでもあるのかしら。誠一、あなたは何か気づいたことは?」 「……少し、思ったことがある」 珍しい、と思いながら彼女はその言葉をさえぎらない。 「影」は発言を許可されたと考え、言葉を続けた。 「やはり、普通に殺すのならば血液を抜くのは時間がかかりすぎる。 手段と時間はもちろんのこと、両陣営の手の入らない場所を確保してまでそんなことをする必要性がわからない」 「わからない、というのが思ったこと?」 「殺すのが目的ならば、そこまで時間をかける必要はない」 その言葉に、西区画の幹部であるところの彼女は眉をひそめる。 「―――もしかして『吸血鬼』の仕業だ、なんて馬鹿なことを考えているの?」 「そうでないとするなら、『殺すこと』が目的ではないのだと思う。 奪った血を目的とするのが吸血鬼だとするなら、案外死体でも目的なのかもしれないな」 もっとも、この島では集めようと思えば死体なんていくらでも手に入るんだが、と皮肉気に笑いながら「影」は言った。 *** 「大丈夫でありますかー? ねぇ、大丈夫でありますかってば」 倒れているのは、成人に少し届かないくらいに見える少女。 その少女に、ノーチェはぺちぺちとほっぺたを叩いて覚醒を促す。 「もう大丈夫でありますから、そろそろ起きてほしいのでありますよー……」 ノーチェは、背後からはがいじめにされて襲われている少女を発見。助けようと駆け寄ると、襲っていた相手は逃げてしまったのだ。 ぐったりとしているものの、外傷のない少女を起こして安全なところまで送り届けようと思っていたノーチェは、少女に語りかける。 その時だ。 バルルルルルルrrrr…… 遠くから、何かのうなりが近づいてくるのが聞こえる。 まるでエンジン音のようだが、それは上の方から聞こえてくる。 この島で車に乗って移動するものはいるが、さすがに空飛ぶ車なんて非常識なものを持っていた人間はいなかったはずだ。 なんだろう、とノーチェが上に視線を向けると――― ―――ビルの屋上から木の板を斬りつけて減速しながら、両手に一本ずつのチェーンソーを持った非常識な女性が降りてくるところだった。 彼女はまるで「猫」のように、しなやかに空中で一回転しながら音も立てずに着地し、ノーチェの鼻先に激しく回転を続けるチェーンソーを突きつける。 いきなりの事態にぴぃっ!? となにやら可愛らしい悲鳴を上げるノーチェに、チェーンソーの爆音にも関わらず女性は話しかける。 「アハハッ、ねえねえ貴方美咲に何してるの? 何してたの? もしかして血を採ろうとしてたっ? ねえねえねえねえ答えてよ、答えてください。貴方がこの島に来た『吸血鬼』なの? 美咲も襲おうとしてたの? 答えてくださいよ!」 「ま、待ってぇぇぇぇええええっ!? わ、わたくしちょうど通りかかったただの占い師でありますからー!」 「すみませーん! 全然聞こえないですよぅ占い師さん!」 「聞こえてる! 絶対聞こえててやってるでありますよねっ!?」 *** 月の下、島の中。 「……そろそろ、潮時というやつですか」 1人。その人物はただ、海を見ていた。 思ったよりも、追求の手が伸びるのは早かった。 さすがは大きな組織の人間だ。もう少し、実験のための材料をそろえたかったのだが。 「―――仕方ありません。規格もそろったことですし、始めましょう」 一陣の風が吹き抜ける。 「赤い、赤い血の夜を」 *** すでに命を失い、体の中身すらもすでに人とはかけ離れたものにされた、『吸血鬼』の生み出した死者の群れが、島を埋め尽くす。 そして―――その事態に動いた者達がいた。 「ハ―――ゾンビ映画は大抵パニックホラーものだから見たことがなかったんだが、いくら殺してもモブが湧いて吹き飛び続けるってのは盛り上がり所がねぇな! うん、俺今度からゾンビ映画も見るよ! んで対処法覚える! 今回くらいしかこんなことは起きないだろうけどな!」 言いながら、2丁拳銃で死者を吹き飛ばす虹色の『狂犬』。 「どうせ、どこかにいるんだろう。このゾンビ共を見てはしゃがないはずもないからな。 ついでに始末する機会ができた、と思っておくとしよう」 死者の群れの向こうに、1人の男の姿を幻視する黒衣の『忠犬』。 「眠い、寝たい。邪魔する、眠れない。お前たち、可愛くない。 だから殺す。壊す」 無表情の中に、珍しく苛立ちを露にする白い白い『眠り姫』。 「島の中で空気を乱す者が死者とはな。目障りだ、もう一度獄卒のところに送ってやろう。 ……まったく。貴様等のようなものが存在していては、愚か者が飛び込んだ時について頭を痛めなくてはならん」 冷静の中に、形容しがたい感情を持て余す若き『西の長』。 「貴方たちは、この島で生きようとしてる人じゃない。この島に生きてる人でもない。 もう死んでる人たちに、この島を荒らされるのは我慢できないので―――私が、止めますね」 凶暴な二つの爪に、エンジンを灯す護衛部隊の隊長の『猫』。 「あーあ、潤も皆も行っちゃったんだし―――出てきなよ、いるんでしょ?」 「……ゴメン。ナズナさんに、あんな連中が触るかもしれないのは我慢できないから、来たよ」 護衛部隊の『刀使い』に呼ばれ、「島」で最高の『殺人鬼』が現れる。 「『洪水は、来る前に逃げろ。それができないなら出来る限り上に逃げろ』か。 一食分の恩義にしては、やけに大きな恩返しがきたね」 廃ビルの屋上から下を見る、『小ネズミ』たちと『鼠の王』。 「言葉が聞こえているはずもない連中と話をするのは馬鹿げたことだとケリーの奴には言われたが、これが俺の流儀なんでな。 一応言うぞ―――全員、落ち着け」 この島における、最強で最高のヒーロー。『番犬』。 そして。 *** 空にかかるのはとろけたような三日月。島を埋め尽くす死者の群れ。 死のニオイに満ちる島の中、そこだけは死者がいない。 そんな場所で、1人月を見上げている人間がいた。まるで、自分にとっては死者の群れが脅威ではないとでもいうように。 ただただ、そいつは月を見る。ふぅ、と軽い溜め息をついた。 そんな、月を見ている人間に街灯を遮る影が差した。 なんだろう、と思ってそちらを見れば、そこには同じく月を見上げる少女がいた。 少女は、月を見上げたままそいつに話しかける。 「いい月夜でありますな。 白いお月様は、わたくし大好きでありますよ」 まるでそれ以外の月は嫌いだとでもいうように。 少女は、あなたはどうでありますか? とたずねながら、目線を月からそいつへと移して続ける。 「ねぇ―――『吸血鬼』さん?」 そいつは、少女の言葉に背筋を凍らせた。 少女の顔には、まるで今宵の月のようにまがまがしくとろけた笑みがある。 *** ナイトウィザード×越佐大橋シリーズ『ごく×ごく(吸血×奪血)』 公開未定! *** 「カン違いされがちなのでありますが。 わたくし―――冤罪を受けて黙ってられるほど、甘くはないのでありますよ?」 ← Prev Next →
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